約 2,287,683 件
https://w.atwiki.jp/haruhi-2ch/pages/147.html
涼宮ハルヒ!!(長門有希ちゃんの消失第3話) スタッフ 脚本:待田堂子 絵コンテ:島津裕行 演出:羽多野浩平 作画監督:古澤貴文 作画監督補佐:松本文男、鵜飼一幸、今西亨 原作収録巻 第2巻(p5~P60)Epiloge8 涼宮ハルヒ(P1~3除く) Epiloge9 不法侵入 Epiloge10 ガールズトーク(P61~P64除く) BD/DVD収録巻 第2巻収録予定 概要 サブタイトルの元ネタは「Epiloge8の涼宮ハルヒ」より 原作の第8話から第10話をアニメ化。 ただし、ハルヒから別れたシーンより、漫画から追加シーンとして部室の片付けや、その帰り道の買い物での朝倉と長門のハルヒなどについての会話、廣田神社とみられる神社への和服姿での初詣など追加シーンがある また原作のカラーページに相当する(1-3ページ)分や、Episode10の最後は次回のネタフリなためカットされたのかもしれない。 今回古泉初登場なのは原作通り。 体育教師の森園生は出番が1,2話で原作にある出番をカットされたものの、今回の原作にある出番でようやく登場。森園生役の声優は、涼宮ハルヒちゃんの憂鬱や涼宮ハルヒちゃんの麻雀まで演じていた声優の大前茜が引退したため、小見川千明が継いで担当している。 なお、小見川千明は長門有希ちゃんの消失と共通の音響監督が担当したネギま!での大前茜の役も引き継いでいる。 パロディ等(涼宮ハルヒちゃんの憂鬱や涼宮ハルヒの憂鬱絡みも含む) 部室にXmasの文字(涼宮ハルヒの消失では外から鏡文字、長門有希ちゃんの消失では中からだと鏡文字とで逆) 今回も第2話に引き続き、『涼宮ハルヒの憂鬱第1期シリーズで使われた「おいおい」』のアレンジバージョンが使われている。(憂鬱I、憂鬱II、射手座の日、サムデイインザレイン)さらに第3話では、第1期シリーズで使われた「やれやれおいおい」のアレンジバージョンが使われている。(憂鬱II、退屈、ミステリックサイン、孤島前編) 放送版とBD/DVD版との違い キャスト・スタッフ(詳細) キャスト 長門有希:茅原実里 キョン:杉田智和 涼宮ハルヒ:平野綾 朝倉涼子:桑谷夏子 朝比奈みくる:後藤邑子 鶴屋さん:松岡由貴 古泉一樹:小野大輔 森園生:小見川千明 女性店員;幸田夢波 野球部キャプテン:金光宣明 野球部員A:西山宏太郎 野球部員B:駒田航 スタッフ 脚本:待田堂子 絵コンテ:島津裕行 演出:羽多野浩平 作画監督:古澤貴文 作画監督補佐:松本文男、鵜飼一幸、今西亨 ゲスト衣装デザイン:今西亨 動画検査:堤章江、Fan Ru Jun 美術設定補佐:上津康義 美術監督補佐:石田喬子 色指定検査:琴吹名人 特殊効果:小森靖彦 スプリクト制作:志村豪 2Dグラフィックス:野崎崇志 CGディレクター:畑山勇太 CGデザイナー:渡辺雄斗 CGプロデューサー:青谷崇司 マネジメントCGプロデューサー:畑秀明 CG制作進行:加藤彩乃 制作デスク:海上千晶 設定制作:松井明穂 制作進行:石田里志 制作協力:A.C.G.T 協力:フォントワークス 原画 安藤正浩 今井恵 小倉恭平 佐藤晴香 横山悦子 Heo Gi Dong Kim Ye Jin 古澤貴文 星山企画Jang Chan Ho Hwang In Beom 第二原画 足利真美恵 齋藤和広 佐伯路子 陣内美帆 田中立子 堤章江 橋本久美 C2C スタジオアド 星山企画Heo Jae Hye 動画 杉田真理 中島順 常州卡佳劫漫有限公司Cao Xiang Hu Dan Huang Bing Zhi Luo Dan Yang Ke Hu He Wang Wang Chao Chen Xia スタジオ九魔 仕上げ 常州卡佳劫漫有限公司Tamaru Masahiko Zhang Li Xin Chen Juan Xu Yan Hon Oh Young Ran スタジオ九魔 背景 ムクオスタジオ井上慎太郎 真喜屋実義 中根崇仁 一瀬あかね 村田裕斗 大門友花里 中村沙和子 SAKO 撮影 T2スタジオ佐藤陽一郎 長谷川大介 渡部達也 ダン シャオ フイ (ポストプロダクションなどは省略) 放送日程 東京MXテレビ:2015年4月17日25時40分-26時10分 BS11:2015年4月18日27時00分-27時30分 AT-X:2015年4月18日22時30分-23時00分 チバテレビ:2015年4月20日24時00分-24時30分 tvk:2015年4月20日24時00分-24時30分 テレ玉:2015年4月20日24時30分-25時00分 サンテレビ:2015年4月20日24時30分-25時00分 TVQ九州放送:2015年4月20日26時35分-27時05分 信越放送:2015年4月21日25時56分-26時26分(特番のため1分押し) 岐阜放送;2015年4月22日24時00分-24時30分 三重テレビ放送:2015年4月23日25時20分-25時50分 dアニメストア:2015年4月23日12時00分-1週間配信 RAKUTEN SHOWTIME:2015年4月24日12時00分-1週間配信 アニメパス:2015年4月30日12時00分-1週間配信 ニコニコ動画:2015年5月7日12時00分-12時30分 BD/DVDチャプター 使用サントラ 0 00~0 23 SE? 0 24~1 53 OP 1 54~1 56 SE 1 57~4 13 『やれやれおいおいアレンジ』 4 14~4 36 SE 4 37~5 54 『?』 5 55~7 16 SE 7 17~9 13 『?』 9 14~9 45 SE 9 46~11 49 『亡き少女の為のパヴァーヌ』(モーリス・ルブラン) 11 50~12 41 SE 12 42~15 15 『?』 15 16~16 21 SE 16 22~18 11 『?』 18 12~19 08 SE 19 09~21 05 『おいおい、アレンジ』 21 06~21 45 SE 21 46~22 34 『?』 22 35~24 04 ED 24 05~24 10 次回予告(SEなし) 一覧 話数 サブタイトル 第1話 大切な人 第2話 もろびとこぞりて 第3話 涼宮ハルヒ!! 第4話 Be my Valentine
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/516.html
いつからだったのだろう──── ────世界に色がついたのは いつからだったのだろう──── ────静寂に音楽が流れ始めたのは いつからだったのだろう──── ────いつも笑ってられるようになったのは いつからだったのだろう──── ────私の心にあいつが現れたのは ‐ 涼宮ハルヒの羨望 ‐ いつもと変わらぬ日常。 くだらない授業。 適当に聞いとけば満点の取れる内容なんて、ばかばかしくてイヤになる。 くだらない、ほんとにくだらない。 この生活が気に入っている人も居るんだろうケド、私にとってはただの苦痛。 なんで私はここにいるの? なんのために生きてるの? ふと、頭をよぎる当然の疑問。 誰しもが思い、誰しもが感じる、疑問。 ねぇ、なんで? 小さく、ほんとに小さく、誰にも聞こえないように呟いた。 そうすることで、何かが変わる気がしたから。 実際は─── ───言うまでもないケド。 退屈は私を覗き見る。 退屈は私を蝕む。 まるで、私は私自身が置き物のように感じる。 その気持ちに押しつぶされそうになる。 目頭が熱くなる。 私は、世界の部品じゃない。 耐え切れなくなって、前の席を叩く。 「……どーした?」 授業の邪魔にならないように、小さく呟くキョン。 めんどくさそうに、いかにもめんどくさそうにね。 キョン。 「何だ?」 ……なんだろう? 何のためにキョンを呼んだの、私。 こいつと話してると気がまぎれるの? そうなの、私? 「………ハルヒ?」 何よ 「いや、用はないのか?」 あるわけないじゃない。 ないから呼んだんじゃない。 ……あー、我ながら意味わかんないわね。 イライラするイライラするイライラする。 なんかない? 我ながら馬鹿馬鹿しい台詞。 「なんか、ってなんだ?」 なんかはなんかよ 「まず、何をしたいのか俺によくわかるように言ってくれ」 再び私を沈黙が覆う。 私、何がしたいの? …… 「ハルヒ?」 なんでもない。 「……おーい?」 もういい。 私がそう言うと、諦めたのか、前を見る。 そして会話中に黒板に書かれた文章をノートに書き写す。 なんでこいつはこんなに勉強しててあんなに頭悪いの? ばっかみたい。 長く連なる時の流れは私に退屈という名のナイフを突き刺していく。 その苦痛のせいで、寝ることもできない。 何か起こらないかな。 そんなどうでもいいことを望む。 ───あら? 何気なく校庭を眺めると古泉くんが歩いて校門へと向かっていた。 なんだろう、早退かな? 具合は悪そうに見えないから、何か用事でもあるのかな? 古泉くんの帰宅する理由を考えることで多少の気はまぎれた。 でもわかんないから今度聞いてみよう。 覚えてたら、だけどさ? ───キーンコーンカーンコーン やっと。 やっと終わった。 なんでこんなにかかるの。 時と交渉ができるのなら私の時間だけ早く進むようにして欲しい。 あ、楽しいときは別よ? 楽しいときはむしろ時間の流れを遅くして まぁいいわ、ようやく、私の時間だから。 「ハルヒ、さっきはどうしたんだ?」 不意に前の席から声がかかる。 なんでもないわよ、さ、行くわよ 「行くって?」 SOS団に決まってるじゃない! 「あ、ああ」 私は彼を残して教室を飛び出る。 待ちに待った放課後の時間。 待ちに待ったSOS団! さぁ、今日は何をしようかしら。 みくるちゃんにどんな服着させようかな。 そういえば昨日ネットオークションにかけられてたコスプレどーなったんだろう。 落札できてるといいな。 頭からどんどん湧き出る期待を胸に、私は意気揚々と文芸部室へ飛び込んだ。 部屋には有希と着替え中のみくるちゃんがいた。 「やっほぉー!」 「あ、こんにちは涼宮さん」 挨拶はもっと元気よくしなさい! そうね、語尾ににゃんとかつけるといいわ、かわいいから。 30分後、キョンが遅れてやってきた。 遅い! なんで私と同じクラスなのにこんなに遅いのよ! 「ちょっと成績のことで岡部とな」 なんなら私が一から教えてあげてもいいわよ? 丁寧に、かつわかりやすく。 「いい、隣で『なんでこんな簡単なのわかんないのよ、もーぅ』とか言われたくないから」 失礼ね! そんなこと…………ないと思うわよ? 保障はできないけど。 うん、100%なんてこの世に存在しないんだから。 「そういえば古泉は?」 古泉くんならさっき学校を出て行くのが見えたけど? 「古泉一樹は用事のため早退」 あら、有希、聞いてたの? 「昼休みに少しだけ」 理由はわかる? 「不明」 そっか。 楽しい部活の時間が過ぎていく。 有希が本を閉じた。 それは部活終了の合図。 いつも凄く正確で、驚くぐらい。 私は荷物をまとめて部室を出る。 明日は土曜日ね、いつもの場所でいつもの時間に!古泉君にも言っといて。 最後にそう皆に伝えた。 登校の時はキツめの坂道を、私は悠々と、一人で降りる。 ずっと、皆といられたらいいのに。 ふと、立ち止まる。 ずっと、いられたらいいのに? 不意に、不安が、私を掴む。 どうしてこんな気持ちになるの? わからない。 まるで、この日常が壊れることへの不安? 気にしすぎよ、少しは体もやすめないと壊れちゃうわ。 違う。 何が違うのかはわからない。 けど、何か違う。 いつも感じる日常とはまた別。 退屈という名のナイフじゃない。 これは何? 不安で足を早める私。 家について、ご飯を食べても、まだ私に絡みつく。 お風呂を浴びてさっぱりしても、何なのこれ。 部屋の中で電気もつけずに、私は枕を抱きかかえる。 ふと、思いついた。 ピリリリリリリ 「もしもし?」 キョン、私だけど。 「どうした」 ……… まただ、なんで私またキョンに? 「明日、ちゃんと来てよ?」 …今更じゃない、私? キョンは予定をサボったりはしない。 少なくともいつもはそうだったし。 「どーした?」 何が? 「なんか、今日のお前変だぞ?」 気のせいよ。 「…そうか?」 そうよ。 「わかった、明日もちゃんと行く」 絶対よ? 遅刻したらまたおごりだからね! 「遅刻しないでもおごるのは俺じゃねーか」 つべこべ言わないの! 「へいへい、じゃ、また明日な」 あ、キョン。 「ん?どした」 ……なんでもない。 「?」 明日、ちゃんと来なさいよ? 「わかったわかった、んじゃな」 電話が切れる。 なんだろう、この気持ち。 カーテンを開けて、窓の外を見る。 どこまでも広がる、星の瞬く夜空。 3年前に校庭に書いたメッセージは、どこかで誰かが読んでるだろうか。 その日の月は、とても綺麗だった。 ふぁ~。 よく寝た。 夜空を眺めながら、私はカーテンを開けて寝た。 そうすれば私は安心できたから。 昨日、あんなに不安でいっぱいだった頭も、一晩寝たらすごく軽かった。 結局なんだったんだろう、あれ。 まぁいいわ、準備して行きますか。 キョンより早くいかないとね、おごりはあいつ、私じゃないわ。 そこについた時、キョン以外のメンバーはすでにいた。 やっぱりできのいい団員がいると違うわね、うん。 みくるちゃんはやっぱりかわいいわね、私服も。 「そーですかぁ?ありがとうございます」 ほんとにかわいい、もし私が男だったら襲ってるわ、間違いなく。 有希、いつも眠そうだけど、ちゃんと寝れてる? 「大丈夫」 いつも通りの口調で返答される。 ならいいんだけど。 古泉くん、なんで昨日早退したの? 「少し親族のほうに急な用事ができまして」 肩をすくめて笑顔で答える。 ふーん、ま、いいわ。 にしても、キョンはいつも遅いわね。 いっそのこと集合に遅れないように私が毎朝電話してたたき起こしてやろうかしら。 時間が過ぎていく。 遅い! 遅い! 本当に遅い! もう一時間も遅刻してるじゃない! 携帯に連絡しても出ないし! なんなのよもう! それにしても遅いわね! 何してるのかしら! もう一度携帯電話に手を伸ばす。 こうなったら出るまでずっとかけてやるんだから! ピリリリリリリリ…… ガチャッ あら?繋がった? 「ハルヒちゃん?」 出たのは、キョンの母親だった。 なんで? 予想もつかなかった。 考えたくもなかった答えが返ってきた。 うそよ! 公道を私達を乗せた車が疾走しついく 「きっと、大丈夫ですよ、涼宮さん」 ありがとう、みくるちゃん。 そうよね、大丈夫よね。 うん、じゃなきゃ許さないわ。 絶対、絶対許さない。 だって、だって約束したじゃない、今日絶対来るって、昨日。 「もうすぐつきます」 古泉くんが呟いた。 走る窓から病院が見えた。 キョンが倒れた? ありえない。 そんなベタな展開、認めないからね。 さようならも言えずに、サヨナラなんて、そんなの認めないからね! 原因は何? なんで倒れたの? なんでキョンなの? どうして今日突然? 昨日までピンピンしてたじゃない! 病院につくと同時に、私はキョンの入院してる部屋まで駆け出した。 前もあったっけ、こんなこと。 クリスマスパーティの準備中に、あいつがいきなり。 やだ、思い出したくない! いやよ!いやよいやよ、いや! 気を失ったキョンの顔。 でもあの時は、ちゃんと起きたわよね。 そうよ! 今回も大丈夫なはず! じゃなきゃ許さない! 約束したじゃない、来るって! 胸へとつかえる何かを感じながら、私は病室のドアを開いた。 そして感じた、視線。 私を見つめる、妹ちゃんの目。 キョンの母親の目。 お医者さんの目。 そして、 キョン!よかった! キョンが私を見ていた。 意識は戻ってたらしい。 心配かけるんじゃないわよ!バカ! 私はキョンに駆け寄って、まくしたてた。 ホントは別のことを言いたかったけど、とにかく、無事でよかった。 ほんとに、よかった。 なんでそんな目で私を見てるの、キョン。 まるで、初対面を見るような─── 「ごめんなさい、あなたは、誰ですか?」 ―――――嘘って言ってよ 私は望んでいただけ そしてあいつは、それに応えてくれていた 私は調子に乗っていたのかもしれない 一度も、あいつの事を考えてあげなかった いや、考えてはいたのよ でも、結果的に、私はあいつを蝕んでいた そして、あいつが手のひらからこぼれおちた時 ようやく、そのことに、気がついたの キョン? 「キョンというのは、俺のことですか?」 何言ってるの? キョンはキョンよ、あなたでしょ 「すみません」 なんで謝るの? なんで?なんで?なんで? 「ごめん、なさい」 胸が痛む。 本当にキョンは申し訳なさそうな顔をする。 やめてよ。 「え?」 こんなの、キョンじゃない…… 「落ち着いてください、涼宮さん」 …みくるちゃん 「少し、話をしてもいいですか?涼宮さん」 キョンに聞こえないように私に呟く古泉くん。 古泉くん、話って何? 「彼の記憶喪失の原因についてです」 記憶、喪失? キョンが? うそよ、何それ。 何それ何それ何それ。 もしかしてそれが倒れた原因? 「医師の話によると倒れた理由も記憶を失った理由も同じらしいです。」 廊下で医師から一通りの説明をうけたあと、私は古泉くんと話していた。 古泉くんが続きを述べ始める。 「彼の精神は極度に疲労していた、それが倒れる原因になったと」 疲労? だって、そんなそぶりは一度も。 「長い間に蓄積されたものらしいです。」 どういうこと? 「例をあげて説明しましょう。 フラッシュバックというものがあります。 麻薬の一部には使用することで幻覚を見るものがあります。 その時の感覚が忘れられず人は使用を繰り返し、何度も使用するうちに麻薬は人の体を蝕みます。 重度の中毒者になった場合は、麻薬の恐ろしさに気づきやめるでしょう。 しかし、たとえ長い時間をかけて回復しても、ふとしたきっかけで全てが麻薬をしていた状態に戻ってしまうことがあります。 それが、フラッシュバックです。」 必死に理解する。 「つまり、彼の中には長い間精神的疲労、言わばストレスがたまっていきました。 しかし、そのストレスは小さなもので、簡単に消えていったはずです。 それが、何かのきっかけで消えたはずのストレスが一気に戻ったとします。 いわばストレスのフラッシュバックと言いましょうか、そうして、彼は倒れたのです。」 どうして? つまり悩みを抱えていたんでしょ? どうして私に言ってくれなかったの? 「それは、おそらく」 そこまで言って、古泉くんは口を閉ざした。 いつになく真剣なまなざし。 知ってるの? じゃあ、教えて。 「だめです」 なんで 「だめなんです」 教えないさいよ! 「涼宮さん……」 いいから、教えろって言ってんでしょうが!! ふと、気がつけば有希が隣に立っていた。 何? 「あなたは、知るべきではない」 何それ なんでよ? 「後悔する」 なんで? 「選択して」 何を 「知りたい?」 当たり前じゃない 「わかった」 「長門さん……」 「彼女は選んだ、知ることを。 だから伝える。」 「……わかりました」 「彼のストレスの原因は、」 私は言葉を待った。 沈黙で耳が痛くなった。 「あなた」 わたし? なんで、私なのよ。 「本当に、おわかりでないんですか?」 何を。 真剣なまなざしで、いつもと違う、怖い顔で私を見る古泉くん。 「彼はいつもあなたに合わせてきました」 ………… 「そしてあなたはまれに彼の精神レベルを超えた要求をしていたんです」 ………て 「それが彼のストレスとなった」 ……めて 「彼はあなたにこたえるために、いつも無理をしてきた」 …やめて 「彼はお人よしですからね」 やめて! 私は気がついたら両耳を抑えて叫んでいた。 「知ることを選んだのは、あなたです」 古泉くんは私に追い討ちをかける。 「だから伝えました、真実を」 いつからだったのだろう──── ────世界に色がついたのは いつからだったのだろう──── ────静寂に音楽が流れ始めたのは いつからだったのだろう──── ────いつも笑ってられるようになったのは いつからだったのだろう──── ────私の心にあいつが現れたのは いつからだったのだろう──── ────私の中のあいつがこんなにも大きくなっていた いつからだったのだろう──── ────あいつは、私にとって必要な人になっていた …ごめんね 私は泣いてた。 ごめんね、ごめんね、キョン 俯いて、両手で、顔を覆って。 ごめん、ごめん、ごめんなさい 有希が、倒れこもうとする私の体を支える。 「今日は、もう帰りましょう」 古泉くんがいつもの優しい口調になって喋る。 「あなたも、少し休むべきです」 うん、ごめんね。 「大丈夫です、おそらく一時的な記憶の混乱です、すぐに治りますよ」 そうね。 治ったら、いいな。 うぇえ… 「涼宮さん…」 どうやって帰ったのか覚えていない ただ、体がすごく重たかった ご飯は、全然おいしくなかった お風呂は、全然気持ちよくなかった どれだけ泣いたんだろう 枕は涙でびしょびしょだった でも、涙は枯れなかった 枯れてくれなかった 枯れるどころか、どんどん溢れでる 私にとって、それほどに大きくなってたんだ キョン 私は呟いた そして、泣き疲れて、寝てしまった 闇が、私を包んでいく 再び目を覚ましたとき、灰色の空の下、私は駅前の公園に居た。 そして、キョンがそこにいて、私を見ていた。 前にも似たような夢を見た。 夢よね? 夢、だよね? 目の前に立つキョンが私を見つめる。 私は耐えられなくなって視線を逸らす。 「ここは?」 キョンも驚いたような声を上げる。 当たり前よね、なんで私夢の中でまでキョンに迷惑を── 「ここは、覚えてる」 キョンが呟いた。 私は、はっとして彼を見据えた。 覚えてるって? 「なぜかはわからない」 キョンは私と目を合わせた。 私は今度は逸らさずに彼の瞳を見据えた。 申し訳なさそうな、でも、力強い瞳。 「ここに来なきゃいけない気がしたんです」 なんで? 「約束したから……」 私は、また泣いた。 ありがとう、覚えててくれて。 声を上げて泣いた。 ごめんね?ごめんね? ほんとに、ごめんなさい 私のせいで、私の、せい、で ふと、私の体がひっぱられた。 背中にキョンの左手が回される。 頭をキョンの右手が撫でる。 暖かい。 ありがとう。 ありがとう。 ありがとう。 もう少し、このままで。 「何、泣いてんだハルヒ」 ――――っ!キョン? じっとあいつの顔を見つめる。 いたずらっこみたいな表情で私を見る。 もしかして、記憶が? 「迷惑かけたようだな、悪ぃ」 軽く悪びれたそぶりで語るキョン。 迷惑? 迷惑かけたのは私のほうなのに? 「ハルヒ?」 私は、あなたにむりをさせたのよ!? 私は、あなたにわがままを押し付けたのよ!? 私は、私は、私は、あなたを、縛り付けたのよ!? 私、あなたに………謝りたかった 「ハルヒ」 何? キョンが私の目を見る とても力強く、決心したように。 私を抱いていた手に、力が入る。 痛いぐらいに、でも暖かい。 「どうして、俺がお前のわがまま聞いてたか、知ってるか?」 え? 「お前のことが大切だったからだ」 ………キョン? 「ハルヒ、俺はな、お前のことが──── え。 ふいに、目を覚ました。 頬を伝う涙。 体に残るあいつの温もり。 ベッドから降りる。 携帯を鳴らす。 再び、彼のもとへ 今度こそ、言えなかった言葉を。 ごめんね、と。 ありがとう、と。 そして───── ピリリリリリリ…… カチャッ 「もしもし?」 キョン? 「どうした?わがままな団長さん」 - 涼宮ハルヒの羨望 終 - 涼宮ハルヒの羨望、外伝 笑ってくれる 私のために 私みたいなわがままなヤツのために 嬉しかった すごく嬉しかった 私のわがままにつきあってくれる それがたまらなく嬉しかった ある雨の降る放課後 私とあなたしかいない部室 寝ているあなたにそっと呟いた ――――ありがとう ‐ 終 ‐
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/956.html
第 七 章 もはや俺に出来ることはなにもない。長門を信じて情報統合思念体と決着をつけるだけだ。 卒業式の三日前に俺たちは飛んだ。不穏な暖かさに別の寒気を感じる。 長門が俺の手を取り、俺たちは無言で閉鎖空間に侵入した。 これで三度目になる、ハルヒによる最後の閉鎖空間。最初に来たときからは既に七年近くの歳月が過ぎている。 当時はまさかこんな未来が待っていたなんて全く想像していなかった。俺は閉鎖空間の消滅により全てが終わったのだと確信していた。それが全ての始まりだったことなど、知る由もなかった。 ハルヒの情報爆発が始まり、長門が前と同じように情報統合思念体の抹消作業に入る。もちろんそれが成功するとは思っていない。 そして長門の予想どおり、そいつは現れた。 「お待ちなさい」 あのときと同じ、ゆったりとした口調。だが、次に発した言葉は以前とは違っていた。 「おやおや……これは驚きました。これが繰り返された歴史だったとは」 長門の言ったとおりだった。この野郎、もう俺の記憶を読みやがった。 「久しぶりだな」 「私はあなたと会うのは初めてですがね。なるほど。朝倉君の報告はどうやらあなたのことだったようですね。合点がいきました」 朝倉がどうのと言うのは前にも聞いた話だ。そして今の俺にはその意味も理解出来る。 「あなたが私どもですら越えられない時間断層を突破していたとは。さすがは涼宮さんに選ばれただけのことはありますな」 そう言うと、老人は朗らかに笑った。 「さて、おしゃべりはこのくらいにしておきましょうか。どのみちあなたがたはこれから何が起こるかはご存知でしょう」 「ああ。お前らの思い通りにはさせないがな」 「それは私どもも同じ。今度はあなたがたを確実に消し去ることにしましょうか。あなたがたには何やら秘策があるようですが、有機生命体とインタフェース端末の情報処理能力では何をしようと結果は同じこと」 「あなたは知らない。これがどういうものか」 長門は老人に対して一歩踏み出し、オーパーツを取り出した。 「これは情報統合思念体に対して与えられた選択。あなたたちはそれを選ぶことができる」 「聞かせてもらいましょうか」 「自律進化の可能性と引き換えに、涼宮ハルヒの殺害を諦め、今後地球に一切干渉しないことを約束するか」 長門はオーパーツを握った手を老人に向け、 「それとも今ここで消滅するか」 老人は目を細めた。実に愉快そうに。 「随分と強気ですな、長門君。ですがわたしどもは既に自律進化を放棄しています。そんな選択も約束も必要ありませんな。私は今この場であなた方を消滅させるまでです」 「この装置が自律進化の真の可能性になり得るとしても?」 「ほほう。自律進化の真の可能性ですと」 長門は話し始めた。あのマンションで俺が初めて長門の正体を明かされたときのように。 「情報統合思念体は全宇宙を知覚しあらゆる情報を得ることが出来る。逆に言えばそれは新たに得るべきものが何もないということ。それこそが自律進化の閉塞につながっている。情報統合思念体は進化のものさしを情報処理の能力、つまり速度と正確性に求めた。それはひとつの基準として間違ったことではない。だが情報を得ることと理解するということは同じではない」 「地球上の有機生命体は肉体を持つがゆえの物理的進化と物理的退化を繰り返し、主体的、客体的にそれを取捨選択した。その結果人類はここまでの自律進化を遂げた。進化と退化は本質的に同義。 情報統合思念体には退化といういう概念も客体的という概念も存在しない。情報統合思念体が自律進化の限界に達しているのは、硬直的な一方向のみの進化を続けたことが原因。つまり情報の取捨選択に関して自らの価値観、ものさしのみを基準にしていたということ」 老人は穏やかな表情を崩さずに聞き続けていた。 「情報統合思念体は長らく涼宮ハルヒを観察したにもかかわらず、幾度となく発生した情報の奔流に対してノイズ、ジャンク情報という判断しか下せなかった。それが情報統合思念体の進化の限界を表している。自律進化への道を開くには、今まで不必要な情報として切り捨てていたものに目を向ける必要がある。情報統合思念体が重要視しなかった情報にこそ自律進化の鍵がある。それは涼宮ハルヒにより断続的に生み出された情報に凝縮されている」 「情報統合思念体に必要なのは今までとは別のものさし。だがあなたたちは有り余る情報の全てを得ているがゆえに、その結論には至らない。涼宮ハルヒの情報は、肉体を持たない物にとって理解するのは難しい。私は肉体を得ることで情報処理能力に制限が課せられたが、同時に別の情報を理解する能力を得た」 「有機物などという器がどれほどのものだと言うのです」 割って入る老人に構わず長門は続ける。 「涼宮ハルヒによる第二の情報爆発により、情報統合思念体は未来との同期機能を失うことで時間の概念を得た。それは自律進化にとって大事なこと。あなたたちも一度はそれを認めたはず。でも結局あなたたちはそれを放棄し自律進化への道を自ら閉ざした。今の情報統合思念体が自律進化の可能性を得るには大きなきっかけが必要。情報統合思念体が今のものさしに縛られている限り、これ以上の進化はあり得ないもはやそれは客体的な退化を経験することでしか得られない。」 「空言ですな」 「この装置には、人間の持つあらゆる感情が蓄積されている。感情が我々に対して多大な影響を及ぼすことは、わたしや朝倉涼子の事例を通して知っているはず。感情こそが情報統合思念体を滅ぼす力であり、自律進化の可能性への真の鍵。感情が情報統合思念体に流れ込むことにより、無矛盾の秩序に矛盾を生み出し崩壊を誘発させる。それにより情報統合思念体に散在する無数の意識の淘汰が開始される。それに耐え、それを乗り越え、それを克服すること」 長門はきっぱりと言った。 「それこそが自律進化への道」 老人から笑みが消えていた。 「もし情報統合思念体が自律進化を望むなら今がそのとき。わたしの言葉を信じるべき」 老人は長門を睨むように見据えている。 「もう戯言は結構です。有機生命体の持つノイズで我々の進化が得られるなどと」 長門はゆっくりと首を振った。老人を見やるその表情が寂しげに見えた。 「あなたとの相互理解は不能と判断した。それはとても残念なこと」 「人間のような下等な存在に篭絡されおって」 長門はしばらくのあいだ目を閉じ、意を決したかのように老人に強い視線を送り、 「あなたが人類を語るなど」 そしてこう言い放った。 「五百万年早い」 老人があからさまに言葉を荒げた。 「所詮お前たちと解り合うことなど不可能ですな。では永遠に消えてもらいましょう。二人一緒に」 その瞬間、長門の手にしているオーパーツが輝きを放った。 「終わった」 長門の瞳がわずかに潤んでいた。 「……わたしは言葉を尽くした。でもわたしの言葉は聞き入れられなかった」 突然、老人が叫びだした。頭を抱え、苦しんでいるように見える。 「……わたしはあなたたちの理解を望んでいた。人類との共存によって得られる未来を。でもその望みは叶えられなかった」 老人の叫びは収まらない。 長門は俺に向きなおり、 「わたしとの会話で、統括者はインタフェース端末を通して怒りという感情を理解した。この装置の持つ情報を統括者に送り込むためには、統括者に感情を生み出させる必要があった」 老人の叫びが止み、俺は目を見張った。今度は老人の頭が目に見えて膨らんでいく。 「統括者には、この装置からの莫大な量の感情が流れ込んでいる。もはや彼にそれを止める手立てはない」 老人が長門のそれよりもはるかに速いスピードで呪文の詠唱を開始した。しかしそれでも頭部の肥大化は止まらない。 「怒りに目覚めた統括者は、既に統括者自身にも制御不能。最悪の場合……」 長門は静かに目を閉じ、 「宇宙は無に帰する」 頼むからそんな恐ろしいこと言わんでくれ。 巨大な風船が破裂するかのような音が周囲に鳴り響いた。 内圧に耐え切れなくなった老人の頭部が崩壊したのだ。 その破片とともに、老人の体全体が情報連結解除され、輝きながら消えていく。 いや、消えていない。 光り輝く粒子たちは、はじめ霧のような状態で老人がいた周囲を漂い、そして別の物を形作り始めた。 「これは……」 老人の怒りが具現化したものだろうか。次第に姿を明らかにさせてゆく目の前のそれは、高さ、横幅とも十メートルほどの、言葉では言い表せない物体だった。 俺が知る、怪物とか悪魔とか鬼神とか、そういった想像上の生物を含めた全ての物体の中で、それは最もおぞましいかった。 俺は恐怖で腰が抜けそうになり、かろうじて踏みとどまった。 ハルヒと出会って以来、今まで散々恐ろしい目に遭ってきたおかげで、俺は大抵のことには動じなくなっていた。 だが目の前のそれは、今まで起こったどんな出来事よりも俺に恐怖を感じさせた。 やがて、表現も理解も出来そうにないその物体は完成し、しばらくの間、時間が止まったかのような静寂が訪れた。 そして次なる恐怖がやってきた。 時空振動。 大規模とか超弩級とか、そういうレベルではなかった。以前の老人のそれとはさらに桁が違う。 宇宙に存在する全ての空間と時間が一点に凝縮されるような感覚。つまり、宇宙開闢の逆のことがおこなわれようとしている。 長門の予想が現実のものになろうとしていた。言わんこっちゃない。 「わたしたちに出来ることはもはや何も残されていない。これから何が起こるかは予測不能。人類の言葉を借りればこれから先のことは」 長門は天を仰ぎ見た。 「神のみぞ知る」 目の前の物体から触手のようなものが伸びた。 それは地面を鋭く蛇行しながら、一呼吸の間に俺たちの足元にまで到達した。 戦闘態勢を取るように、触手の頭部が目の前に屹立する。 まさにヘビに睨まれたカエル状態だった。足がすくむとはこういうことだったのか。腰から下は震えるばかりで俺の意思どおりには全く動いてくれない。 長門を見る。長門も完全にフリーズしていた。戦ってどうにかなる相手だとは思っていないのだろう。 赤茶けた触手が俺たちを見下ろすようにわずかに上下に動く。次にその先端に黄色い光の点が生じ、それが次第に輝きを増す。やばい。やられる。 突然、俺たちの目の前を光の壁が遮った。 鈍い音とともに地面が激しく揺れ、振動で倒れそうになった俺はなんとか踏ん張る。 背後からも、同じように眩いばかりの光が注がれていた。振り向く。そこにも光の壁が立ちはだかっていた。 違う。 壁ではなかった。俺はそれを仰ぎ見た。 青く輝く高さ数十メートルの巨大な人型。 神の人。 「ハルヒ、お前なのか!?」 神人の左手が、俺たちと触手の間を遮ってくれていた。 物言わぬ巨人は呼吸するように体を前後に揺らす。 「こっちだ、長門!」 俺は長門の手を引き、慌ててその場から離れる。 屈んでいた神人が両手をぶらりとさせたままゆっくりと立ち上がる。 老人の成れの果てを見据えるかのように、頭部がわずかに動いた。 神人の右腕が緩慢に振り上げられ、次の瞬間、それが異形の物体めがけて叩きつけられた。 「やったか?」 衝撃で舞った土煙の中から、老人の周囲を覆う赤黒い光の玉が見えた。神人の腕はそれに阻まれ本体まで到達していない。 神人は両拳でもって交互に球体を殴打し始めた。その度に、硬質の金属を叩くような高音と、雷鳴のような低音が響き渡る。 相手がビルであったらそれは既に跡形もなく粉砕されているであろう、凄まじいスピードとパワーでパンチを繰り出す。 だが光の球体はビクともしていない。それでも神人は攻撃の手を緩めない。 球体の正面から一本の触手が伸び出し、瞬時に神人の左足にまとわりつく。 あたかも羊羹を糸で切るかのように、あっけなく神人の足が切断された。 バランスを崩した神人が片膝をつき、地面が鳴動する。俺たちも立っているのがやっとの状態だ。 もはや俺には祈ることしか出来ない。俺は掌を合せ、それをしっかりと握りこんだ。 「頼む、ハルヒ」 神人の両手が触手を掴み取り、力任せにそれを引きちぎる。球体の中の物体が、内側に勢いよく激突する。金属音が耳をつんざき、思わず耳を塞ぐ。 球体の、触手が出ていた部分を神人がぶん殴った。そこを中心に球体に亀裂が走る。 亀裂に向かってさらに神人の右手刀が叩き込まれる。球体を貫通した。だが本体までは届かない。 即座に球体の修復が開始され、神人の右掌が挟まれる。 神人は素早く左手を亀裂に突き入れた。両掌を無理やりに返し、球体をこじ開けるように左右の腕に力を込める。 ガラス板に圧力をかけたようなミシミシという音と電流のショートするような音が同時に流れる。 球体の左右から無数の触手が飛び出し、神人の腕に向かって伸びる。 触手が神人の腕を締め上げる。だが切断されない。触手が絡まっている部分の周辺の光が青から赤に変わっていく。 両腕が球体をさらに左右に開く。限界点に達した球体が鈍い破裂音を伴って粉々に砕け散った。 中の物体めがけて神人が頭突きを喰らわせる。 触手は力を失ったかのように神人の腕を離れ、それらが地面に打ちつけられる。 神人は両手を組み、上半身全体を目いっぱい使って振りかぶる。そしてそれは振り下ろされた。 大気と大地が同時に揺さぶられ、辺り一面に轟音が鳴り響いた。 神人の手の先に輝きが生じ、無数の光の粒子が爆発するように周囲に拡散していく。 そして今度こそその粒子たちは光を失い、闇のなかへと消えていった。 それまで感じていた宇宙全体を揺るがす時空振動が、嘘のように消え去った。 老人の暴走が止み、宇宙消滅の危機が回避されたのだ。 役割を終えた神人もまた、中心部から外側にかけて粒子化していた。 頭部が消滅する寸前、神人は俺たちの方を向き、わずかに首を傾けた。 俺には神人が微笑んでいるように見えた。 こうして、おそらくこれが最後になるであろう閉鎖空間は消滅した。 閉鎖空間消滅の刹那、俺は微かな時空振動を感じた。それはなぜか俺にとって、とても心地よく感じられた。 今まで欠けていた何かが埋まるような、バラバラだった何かが急に整然とまとまるような不思議な感覚。 そうか。情報統合思念体によってハルヒを殺され、大掛かりに塗り替えられてしまった歴史、その歴史の歪みが解消されたのだ。 結局のところ老人の暴走は、朝倉が暴走したのと同じ理由だった。 朝倉は長門と同じく未来の自分と同期が出来た。だが朝倉は自分が消滅する結末を知ってか知らずか、結局は暴走した。 それはこのオーパーツの影響だった。 朝倉がオーパーツを手にした俺を殺そうとしたとき、朝倉にはある感情が芽生えていた。 変化のない観察対象、涼宮ハルヒに対する苛立ち。 自分のことなど全く歯牙にもかける様子のない涼宮ハルヒ、そしてハルヒに選ばれた俺に対する憎しみ。 同じインタフェース端末として、長門のバックアップに甘んじることへの嫉妬心。 それらが、俺を惨殺した際に複雑に入り混じった。 そして、その感情をきっかけにしてオーパーツからの感情の奔流に見舞われ、朝倉は最終的に暴走したのだ。 「私があの十二月十八日に世界を改変したのも同じ理由」 それについては、俺自身が以前出した答えと同じだった。 長門は長きに渡るSOS団での生活により行き場のない感情が蓄積し、それが飽和して暴走したのだ。 そして今回、老人にわずかな感情を芽生えさせることによりオーパーツの機能が有効化し、老人は消滅した。 「これから情報統合思念体がどのような道を歩むのかはわからない。ひとつ言えるのは、あなたと地球に対して今後も情報統合思念体からの脅威が迫る恐れがあるということ。そして、それらからあなたと地球を守るのもこの装置の役割」 全てはこれで終わった。 俺は一刻も早く、あの頃のハルヒに会いたかった。 長門とともに、ハルヒが命を落とした日へと移動する。俺とハルヒが暮らしていた新居へ。 だが、そこにハルヒの姿はなかった。 なぜだ? まさか歴史が変わっていないのか? 俺たちはハルヒが入院していた病院の個室へと向かった。 ベッドに横たわったハルヒが確かにそこにいた。 その横にはハルヒに付き添う過去の俺の姿があった。 なぜだ? 俺は何か失敗してしまったのか? 長門が言った。 「情報統合思念体の仕業ではない」 だったら、どうしてハルヒはまだ病気にかかっているんだ。 長門はわずかに首を振った。 「原因不明」 医師の話を盗み聞きしたところ、ハルヒは最初に倒れて以来、一度も目を覚ましてないのだという。 それって前より状況が悪化してるじゃないか。 あのときの俺には祈る以外に出来ることは何もなかった。ハルヒが回復することだけを願い、日々祈り続けていた。 そして、それは今の俺も同じだ。俺が出来る全てのことを、俺は既にやり尽くしていた。 後は、朝比奈さんの言葉を信じるしかない。 『涼宮さんが死ぬことは既定事項ではありません』 ハルヒがこの世を去る時間が、刻一刻と迫っていた。 目の前には、ハルヒに先立たれる直前の疲れきった俺がいた。 過去の俺がそうしてしまったように、目の前の俺もいつしか眠ってしまっていた。 ハルヒが死に、その先の数日間で俺は一生分とも思えるほどの涙を流し続けた。 俺はもう一度あの辛い想いを繰り返さなければならないのか? もうすぐ運命の時がやってくる。 永遠とも感じられるほどの時間が流れた。 そして、ついにそれは起こった。 ハルヒは何の前触れもなく、突然目を覚ました。 「キョン!?」 勢いよくその上半身を起こし、不安そうな声で叫ぶハルヒ。 驚きのあまりしばらく硬直していた俺は、やっとのことで、かろうじて呼び返すことが出来た。 「ハルヒ……」 大きく息を吸い込み、俺はもう一度、はっきりとした声で呼んだ。 「ハルヒ!」 ハルヒは俺に気づかない。どうしたんだハルヒ? 俺はここにいる! 俺はハルヒに駆け寄ろうとし、長門の腕がそれを制止した。 「彼女には私たちの声は届かない。姿も見えない」 そうだ。遮蔽フィールドが俺たちを包んでいるのだ。 もう一人の俺がようやく目を覚ました。 「ハルヒ……」 さっきの俺と同じセリフだった。 二人はしばらく目を合わせ、そしてしっかりと抱き合った。 医師たちが病室に駆けつけ、呆然とした表情で二人を見守っていた。 今まさに、奇跡が、この場で起こったのだ。感動的な光景が俺の目に広がっていた。 今までの俺の苦労はこれでようやく報われたのだ。 俺は目の前の二人の姿を、我がことのように祝福した。片方はまさに俺なんだからな。 涙で視界が次第に霞んでいった。 病室を出た俺たちはいつもの公園に移動し、ベンチに座っていた。 俺は今まで薄々ながら気づいていたことが、はっきりと現実になったことを悟った。 ハルヒが蘇った喜びをハルヒと共に分かち合えるのは、さっき俺の目の前にいた俺であって、この俺ではない。 このままでは俺はハルヒと軽口を交わし合うことも抱き合うことも出来ないのだ。 俺が再びハルヒとの生活を取り戻す方法はないのか? そして俺は過去の出来事のひとつを思い出した。 この状況はよく考えてみれば以前長門が世界を改変したときと同じではないのか? 俺が朝倉のナイフによって倒れたとき、その時間平面上には刺された俺、未来から世界を元に戻すためにやって来た俺、それ以外にもう一人俺がいたはずだ。 これから起こることなど何も知らず、自宅のベッドでいつもどおりぐっすりと眠っていた俺が。 その後、未来の長門によって世界が再改変されたとしても、そいつの存在は消えないはずだ。 では刺された俺は、眠っていた俺といつ入れ替わったんだ? そのときと同じことをすれば、今回もこの俺ともう一人の俺が入れ替われるんじゃないのか? 長門はゆっくりと首を振った。 「あのときは暴走した私によって改変された三日間を残し、脱出プログラム起動直後から世界を再改変した。あなたを除く他の人に架空の三日間の記憶を与えて」 そうか。つまりは、あの時眠っていた俺はその後、朝倉に刺された俺がそうしたように、改変された世界に混乱しつつも三日後の夕方になんとか脱出プログラムを起動し、当時から三年前の七夕へと移動したんだ。 そうしてその次の瞬間から世界は変わり、刺された俺は夕方の病院のベッドで目を覚ましたということだ。 『いったん暴走したわたしに世界を改変させておいて、それから修正プログラムを撃ち込む。そうでないとあなたが脱出プログラムを起動させる歴史が生まれない』 当時の長門の言葉の意味を、俺は今になってようやく理解した。 ならば、今回の歴史改変はそれとは決定的に違うことがある。 今の俺はハルヒが死ぬことによってTPDDを得て過去に飛んだ。ハルヒが死ぬという歴史があって初めてこの俺は存在している。 そしてハルヒが死なない歴史での俺、つまりさっき目の前にいた俺は、TPDDを得ることもなくその生涯をハルヒとともに過ごす。 つまり、この歴史では俺のいるべき場所はどこにもないのだ。 「長門、お前の力でなんとかならないのか?」 「今の私にはその力はない。私は既に情報統合思念体とは決別している。涼宮ハルヒの能力も既に失われていて利用出来ない。唯一残された手段は、もう一人のあなたを殺してあなたが入れ替わること」 目の前が真っ暗になった。 あいつは俺自身だ。俺が最も望んでいた、ハルヒと平穏な生活を送り続ける、幸福に満ちた理想の姿だ。 ハルヒの病気に誰よりも心を痛め、ハルヒの回復を誰よりも待ち望んでいた、ほんの二年前の俺なんだ。 そんな俺を、この俺が殺すなんてことが出来るわけないじゃないか。 俺は絶望していた。これで本当にハルヒとは永遠にお別れなんだな。 「こうなることはわかっていた。でも涼宮ハルヒを蘇らせるには、他に方法はなかった」 あらためて俺は朝比奈さんや長門の言っていた代償の意味を知った。 俺はハルヒを救うために、今までの人生もこれからの人生も全て捨ててしまわなければならなかったということだ。 こんなことなら代償が俺の命だった方がよほどマシだとさえ思えた。俺はこれから先どうやって生きていけばいいんだ? 俺には既に生きる目的が見えなくなっていた。 「……もう今すぐにでも消えちまいたい気分だ」 無意識に気持ちが口を伝って出ていた。 しばらくのあいだ頭を抱えていた俺は、強い意思が込められた無言に気づかされた。 長門が真っ直ぐな視線を俺に送っている。 その瞳に、明らかな非難の色が浮かんでいた。 「私にもあなたの悲しみが理解出来る。だから……」 長門は目を閉じて言った。 「自分を消すなんて言わないで」 俺は凝然とした。これは俺が長門に言った言葉じゃないか。 長門は今の俺に、あのときの自分の姿を重ねているのだ。 そして長門は、ためらいがちに、だがはっきりと俺に告げた。 「こんなことを言うべきではないのかもしれないけれど……私は涼宮ハルヒとは別の道を歩むことになったあなたという存在を嬉しく思っている」 この言葉を聞いて、俺はようやく長門の気持ちをはっきりと確信した。俺は本当にバカだ。 そして、俺は今までの長門に対する俺の振る舞いに対して呆れ、悔やみ、そして叱責した。 ――お前は長門に何と言った? どこにも行くところがないなんて二度と言うんじゃない、だと? ――お前は長門と約束したんじゃなかったのか? 俺がお前を地球でずっと生きていけるように努力する、と。 ――お前が高校生の頃に思っていたことは嘘だったのか? 長門との約束なら俺は死んでも守ってやるつもりだ。 俺に生きることを放棄する資格など、どこにもありはしない。 自分とハルヒのことに精一杯で、俺はこんな大事な約束すら忘れていたのだ。長門の気持ちなど考えもしないで。 長門は始めて会ったときからこの今まで、ずっと何の見返りも求めずに俺のために尽力してくれた。 俺は数え切れないくらい長門に救われてきた。それだけじゃない。ハルヒの命をも救ってくれた。そして一度は俺のためにその命さえ捨ててくれたのだ。 ならば、俺は残りの人生は、全て長門のために費やすべきじゃないか。 いや、それでも全く足りないかもしれない。それほどのことを長門は俺にしてくれたのだ。 「ひとつ頼みがある」 俺は意を決して言った。 「俺の記憶を消すことは出来るか? 俺のハルヒに対する恋愛感情だけを全て」 目を閉じた長門が静かに否定した。 「私には既に記憶改変の能力はない」 しばらくの沈黙。 「でも……」 長門はとまどいを見せ、そしてこう言った。 「恋愛感情を変化させることは、あるいは可能かもしれない」 「少しでも可能性があるなら」 俺は長門を見つめ宣言した。 「ためらわなくていい。思いっきり、盛大にやってくれ」 これから自分の身に起こるであろう何かに対して、俺は覚悟して目を閉じた。 俺は激痛とともに意識を失ってしまうのか。 あるいは突然頭の中が操作され、何かが変わってしまうのか。 ……身構えている俺の口元に、唐突に、柔らかく暖かいものが触れた。 予想外の出来事に、恐々と開かれた俺の目は、さらに見開かれることになった。 目を閉じた長門の唇が、俺の唇に不器用に押し当てられていた。 俺はしばらくの放心の後、ゆっくりと、再び目を閉じ、そしてこう思った。 ――なるほど、確かにこれは恋愛感情の変化には効果的かもしれない―― 生き続けることを決心した俺は、ハルヒの高校卒業に併せて執りおこなわれた機関の解散パーティーに出席した。 お世話になった人たち、そしてもう会えなくなってしまう人たちに、別れの挨拶をしなくてはならない。 「皆さん、大変お待たせしました。ただいま戻りました」 卒業式後のSOS団解散式から会場に駆けつけた古泉が盛大な拍手で迎えられ、それと同時にパーティーは開始された。 それはSOS団解散式に勝るとも劣らない、壮絶な盛り上がりっぷりだった。会場の全体が常に笑いと涙で占められていた。 ハルヒによる理不尽極まりない数々の試練に対して、六年もの間苦楽を共にした仲間たちが集まっているのだから、それは当然のことだった。 晴れやかな笑顔を振りまきながら祝い酒を次々に飲み干す森さん。 静かに涙する新川さんと、抱き合って喜びを表現する田丸さん兄弟。 他の能力者たちに囲まれながら、意外にも大泣きしている古泉。 俺が機関に関わったのは実質的にはわずかの間だったが、それなりの思い出はある。間接的に関わっていた高校生の頃のこともある。俺の目にも涙が浮かんでいた。 機関の大部分のメンバーは、俺がどういう立場の人間なのかを知らなかったが、それはそれでありがたかった。いまさら創設者だと紹介されて、挨拶なんかさせられるのはご勘弁願いたかったからな。 俺は会場の片隅でパーティーの成り行きを見守る鶴屋家当主に挨拶に向かった。 「お世話になりました。あらためてお礼申し上げます。おかげで無事に役目を果たせました」 俺は心の底からの感謝を込めて最敬礼をおこなった。俺の歴史改変の全ては、当主がいてくれたからこそ成し遂げられたのだ。 本人を前にして感謝の意を表すのはこれが最後になる。当主はこの三年後に、急な病で命を落とすことになるのだ。 「こちらこそ、楽しいひとときを提供していただいて感謝しております。気が向いたらいつでも当家にいらしてください。娘もあなたが来るのを楽しみにしております」 当主は愉快そうに笑った。この人と出会わせてくれた運命にも、俺は心から感謝した。 俺はその四年と半年後、つまりハルヒが復活してしばらく後の時空に戻り、鶴屋さんに会いに行った。 「お久しぶりです鶴屋さん」 「ジョン兄ちゃん、久しぶりっ! いや、キョン君って呼んだ方がいいのかなっ?」 「ええ、どちらでも構いませんよ。今日は先代と鶴屋さんにご挨拶をと思いまして」 俺は当主の葬儀に参列出来なかった。昔の俺やハルヒと対面するわけにはいかなかったから。 当主の遺影に向かい、手を合わせた。あの時は言えませんでしたが、ようやく全てが終わりました。俺が今こうしていられるのも全てあなたのおかげです。 「先代と鶴屋さんには本当にお世話になりました。何とお礼を言っていいか。俺に出来ることなら何でもしますよ。何だったら未来のアイテムか何かを買ってきましょうか?」 「いいっていいって。あたしもジョンにはいっぱい世話になったからねっ。ところで、これからどうすんだいっ?」 「ええ、実は少し歴史がこじれてしまいまして。この時代にいる、鶴屋さんと同じ時間を過ごした俺と、今ここにいる俺は別の道を歩むことになっちゃいました」 「それは何となく感じてたよ。キョン君とジョン兄ちゃんは同じであってどこか同じじゃないなって」 「これから俺は少し未来に行こうと思ってます。この時代で生きていくには何かと不便が多くて。この時代の別の場所で暮らすのもいいんですが、別の時代のこの場所ってのも悪くないなと思いまして」 「そっかー。いよいよお別れなんだね」 「俺としても名残惜しいですが。この時代に残るもう一人の俺とハルヒをよろしくお願いします」 「あははっ、まかせときなっ」 鶴屋さんは俺のよく知る笑顔で答えてくれた。 「それにしても不思議なもんだね。中学生のあたしの前に現れたジョン兄ちゃんに、高校の下級生として北高で再会するなんてね。ジョンがまさか年下の男の子だったとは思いもよらなかったよっ」 そして鶴屋さんは俺に思いがけないことを告げた。 「今だから言うけど、あたし結構ジョンのこと好きだったんだよ。ううん、正直に言えば初恋の人だったの。結ばれない運命ってのは最初から解ってたことだけどねっ」 想像もしていなかった告白に俺は言葉を失った。 「でも、それはあくまでジョンのこと。キョン君じゃないの。私、年上が好みなのかなっ?」 鶴屋さんの瞳に涙が浮かんでいた。俺はまたしても鶴屋さんを泣かせてしまったのか? 「せっかくだから、じゃあひとつだけわがままさせて貰おうっかな?」 そう言った鶴屋さんは唐突に俺にキスをした。 「未来でも元気でね。あたしはジョンのことずっと覚えてるからねっ」 すっかり狼狽していた俺はかろうじて「ありがとうございます」とだけ言えた。 鶴屋さんもどうかお幸せに。俺はこれからの人生、長門とともに鶴屋家をずっと見守り続けます。 それからしばらく経ったある日、未来への移動の準備で色々と買出しをしていた俺は、思いもよらない人物に声をかけられた。 「お久しぶり。随分探したわ」 そいつの笑顔を見て、俺の体から否応なしに冷や汗が噴き出してくる。 それは、消えたはずの朝倉涼子だった。 「お前、どうして……」 それ以上は言葉にならなかった。 「あなたにずっとお礼を言いたかったの。迷惑だったかな?」 お礼にアーミーナイフなんて欲しくないぞ。 「安心して。もう襲ったりしないわよ」 朝倉が場所を変えようと提案し、俺たちは近くの喫茶店に入った。 やれやれだ。朝倉と喫茶店でお茶だと? 席についた朝倉は、昔を懐かしむような表情で語り始めた。 「あのとき長門さんによってわたしの肉体は消滅したけれど、わたしの意識は情報統合思念体に回帰したの。そしてあの二度目の情報爆発の日、わたしは他の意識とともに感情の奔流を経験した。情報統合思念体はあの日以来すっかり変わったわ。今や生き残った意識は数少ないの。わたしが今こうして存在しているのは涼宮さんや長門さん、それにあなたのおかげ。あなたたちがわたしにあらかじめ感情を萌芽させてくれたからこそ、わたしはあの感情の奔流を乗り越えることが出来たの」 「そのおかげで俺は二度も殺されかけ、実際に一度殺されたんだがな」 「お願い。それはもう言わないで」 片目を閉じて両の手を合わせる朝倉を見て、俺は正直に失言を詫びた。 「長門さんがあの閉鎖空間で言ったとおり、人間の持つ感情がわたしたちに与えた影響は絶大だったわ。そして情報統合思念体は多くのものを失い、多くのものを得たの。これが自律進化の可能性と言うのであれば、それは多分そうなのかもしれない」 朝倉は運ばれてきたアイスレモンティーをストローで愛おしそうに飲んだ。 「今のあたしはね、毎日が楽しいの。この先自分に何が起こるのか解らない、そう考えるだけでワクワクする。あたしはこれから自分の求めるものを自分自身で探しながら生きていくの。感情とともに。これって素敵なことだと思わない?」 「ああ、その通りだと思う。人間は常にそうやって生きてきたんだ」 「そうよね。あの頃のわたしには想像もつかなかった。今思えば、あの頃のわたしは確かに涼宮さんや長門さんに嫉妬していたのだと思うの。何も解ってないわたしなりにね」 朝倉はそう言って笑ったあと、表情を真剣なものに変え俺に告げた。 「情報統合思念体の中では、今の状況を自律進化への道として受け入れている意識が大多数なの。つまり今はわたしも主流派。でもね、一部の意識は人類、特にあなたと長門さん、涼宮さんに対して未だに恨みを持ち続けているの。だからこれから先気をつけて。あの装置があればあなたと長門さんは多分大丈夫だとは思うけど。それと、涼宮さんともう一人のあなたのことはわたしにまかせて。わたしが彼らを陰ながら守ってみせるから。これはわたしの、あなたたちへのせめてもの恩返し。わたしはそれをあなたに伝えたかったの」 そして朝倉は元の笑顔に戻った。 「長門さんに会えなかったのは残念だけど、よろしく伝えておいてね」 俺たちは喫茶店を出て、その場で別れた。 「前にもお別れの言葉は言ったけど、今度は本心で言うね」 朝倉はあの時と同じ、そしてあの時とは違う笑顔で言った。 「長門さんとお幸せに」 そう言って朝倉は俺に歩み寄り、あろうことか俺の頬にキスをした。 「一応言っとくけど、これは長門さんへのあてつけね。それじゃあ」 なんだか最近みんなが俺にキスをしてくれる。 これが長門に知れると、俺はしばらく口をきいてもらえなくなるんだがな。ちなみに、鶴屋さんのときは三日間だった。 そしてこれは必ず長門の知るところとなる。俺が長門に隠し事なんて出来るわけないからな。 今度は何日間になるんだろうな、そんなことを思いながら俺は朝倉の後姿に笑みを投げかけていた。 俺は少し迷ったが、古泉にも会うことにした。 古泉とは機関の解散パーティーで少しばかり話はしたが、やはりこいつには全てを話しておかなくちゃいけないという気がしたからな。 「そう言うわけで、既に解っちゃいると思うが、俺が機関の親玉だ」 「ずいぶんと今更ですね」 そう言って古泉はいつもの笑みを俺に向けた。 「お前はいつから気づいていたんだ?」 「それはもう、部室で最初に会ったときからですよ。あなたには他の人にはない独特の雰囲気がありますからね」 やれやれだな全く。 「解散式の時にも言いましたが、あなたには本当に感謝しています」 「今はほぼ同い年だ。その言葉遣いはやめてくれ」 「いえ、機関の創設者であるあなたにはそれは無理です。たとえあなたの命令であっても」 「なら、せめてもう一人の俺には今までどおりタメ口を聞いてやってくれ」 「それはこれからもそうですよ。向こうのあなたと私は友人関係です。それに私はあちらの彼にはお世話になってませんしね。いえ、全くと言うわけではなくてそれなりにお世話にはなりましたが」 「そんなに気を遣わなくていい。あっちの俺は同一人物だが既に別人だ。それと、解っているとは思うが、ハルヒともう一人の俺には、この俺のことは話さないでくれよ。あいつらに余計な心配はかけたくない」 「それはもちろんですよ。いたずらに混乱させるだけでしょうからね」 「何か困ったことがあったらいつでも呼んでくれ。と言ってもお前から俺に連絡する方法はないか。俺が困っているお前を見つけたらすぐさま助けに行くさ。少し行くのが遅れるかもしれんが、それは俺の時間軸で遅れるだけであって、お前の時間軸ではピンポイントで行ってやる」 「ありがとうございます。その節は是非よろしくお願いします」 「それと、最後に」 俺は少し照れくさかったが、本心を言った。 「今まで苦労した分、幸せになれよ」 古泉は俺に感謝の言葉を述べ、涙を浮かべた。俺も涙ぐんでいた。 でも、頼むからお前はキスなんかしてくれるなよ。長門は怒らないかもしれないがな。 最後にもう一度だけ行きたいと言う長門とともに、俺たちはあの図書館に足を運んだ。 思い起こせば、本当に色んなことがあった。 ハルヒに振り回され続けた高校時代。 ハルヒとともに人生を歩むようになった数年間。 そして、ハルヒを救うために超能力者の機関を作り、未来に飛び、歴史を改変した日々。 俺の今までの人生は幸せだったんだろうか? そんなこと、今更問いなおすまでもない。普通の人間では決して体験出来ない波乱万丈な人生を送れたんだ。不平不満など言おうものなら天罰が下る。 高校生の頃の俺も思っていたじゃないか。こんな面白い人生を提供してくれたハルヒに感謝する、とな。 ハルヒと離れ離れになったのは正直なところ今でもわだかまりが残っているが、それに関してはもう一人の俺が、俺の代わりに幸福を満喫してくれればいいことなのさ、きっと。 読書に集中している長門の横で、俺はそんなことを考えていた。 ふと、俺たちの背後に人の気配を感じた。 何の気なしに振り返った俺は、次の瞬間には絶句していた。 俺はその姿を見てあからさまに驚き、それを取り繕う余地など全く与えられなかった。 そこに立っていたのは、紛れもなく涼宮ハルヒだった。 しまった。ハルヒは長門を見つけてここに来たのだろうか。 考えろ。この状況からどう逃れればいい。まさか俺に気づくとも思えないが、果たして長門はうまく誤魔化してくれるだろうか。 長門を見た。俺と同じように絶句してやがる。いやその表現は正しくないな。絶句こそが長門の基本モードだ。 ええい、そんなことを考えている場合じゃない。さあどうする。 そんな俺の狼狽を知ってか知らずか、ハルヒは俺をさらに混乱させるようなことを平然と言ってのけた。 それも、長門ではなくこの俺に向かって。 「髭生やしたあんたもなかなかのもんじゃない。サングラスも似合うようになったわね」 俺は呻きとも言えない声を上げた。ハルヒは共に人生を歩んでいる俺とは別の、この俺の存在を当然知っているかのような口ぶりだった。 ハルヒはさらに絶句している俺を気遣うように、 「あの時も言ったけど、あんたのおかげで本当に幸せだった。ううん、もちろん今も幸せよ。あなたらしい人影を見かけたから……。あの時はお別れの言葉になっちゃったから……。どう してももう一度伝えたくて」 「ハルヒ……」 俺はそう言うのが精一杯だった。 「病院のベッドの上で、ずっと夢を見てたわ。あんたがあたしを助けてくれる夢。あたしがあんたを助ける夢」 やっぱりあれはお前の仕業だったんだな。俺はお前を助けるつもりで、実はずっと助けられてたんだな。 あらためて思った。やっぱりお前はすげー奴だ。時間どころか次元まで越えて俺のことを見守ってくれていたんだからな。 「有希」 ハルヒに呼びかけられた長門が、緊張の面持ちでハルヒを見た。 ハルヒは柔らかく目を細め、長門に微笑みを投げかけた。 それは俺が今まで見たハルヒの表情の中で、最も穏やかで最も深い、そんな微笑みだった。 「ずっと有希のこと心配だったけど、もう安心ね。幸せになるのよ」 長門の目がわずかに見開かれた。その瞳が潤んでいた。 「こっちのキョンをよろしくね」 長門は緩やかに首を傾け、 「……ありがとう」 そしてハルヒに微笑みを返していた。 改変された世界の、あんな贋物の微笑じゃない。本当の長門の、本当の感情が生み出した、偽りのない本当の微笑だ。 「時間がないから行くわ。もう一人のあんたを待たせてるの」 歩き出したハルヒは思い出したように振り返り、人差し指を突き立てた。 「キョン、しっかりやんなさいよ。有希を泣かすようなことしちゃだめよ!」 ハルヒはそう言い残し、図書館の外へと走り去っていった。 それにしても、別れ際もさっぱりとしたもんだ。それでこそハルヒらしい。俺は以前と変わらないハルヒに自然と顔が綻んだ。 ハルヒが見えなくなるまでその後姿を見送った俺たちは、顔を見合わせ、お互いの唇を重ねた。 ハルヒのおかげで、踏ん切りがついた。 ハルヒはもう一人の俺とともに、朝比奈さんが言ったように平穏な人生を送る。そして俺は長門とともにさらなる波乱万丈の人生を歩む。 それでいい。これから先のことは、これから考えればいいさ。 ――そうだろ、ハルヒ? こうして、俺たちはこの時空に別れを告げた。 俺はまだ朝比奈さんに会いに行く約束は果たしていない。 だが俺は確信していた。いずれまた遠い未来で彼女に会う日がきっとやってくると。そして彼女に会いに行くべき時が今でないことを。 俺たちにはまだ、これからやらなければならないことが残されている。 エピローグ
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/2562.html
二人と別れた俺は、おそらく一人しか中にいないであろう部室へと向かう。 今まではずっと不安だったが、とりあえずハルヒに会えることが嬉しい。 いつものようにドアをノックしてみるが、中からは返事がない。ハルヒはいないのか? 恐る恐る俺はドアノブに手をかけ静かにドアを開けてみる。 『涼宮ハルヒの交流』 ―第五章― 「遅かったわね」 ……いるんじゃねえか。返事くらいしろよな。ってえらく不機嫌だな。 「当然よ。有希もみくるちゃんも古泉くんも、用事があるとかで帰っちゃったし。それに……」 ドアの方をビシッと音がしそうな勢いで指差す。 「なんでか知らないけど部室の鍵が開きっぱだったし」 あっ、すまん。それ俺だ。 などとはもちろん言うことはできない。 「なんでだろうな。閉め忘れたとかか?」 キッ、と睨まれる。まさかばれてんじゃないだろうな。 「おまけにあんたは……」 俺が何だ? 「なんでもないわよ」 何だ?わけがわからねえぞ。まさか『俺』の方が何かしたのか? とりあえずやることもないが、立っているままもどうかと思い、いつもの椅子に腰を降ろす。 なんか落ち着かねえ。緊張してるのか?俺。まぁ実際ずっとハルヒに会いたかったわけだからな。 「で?」 顔を上げると、ハルヒがこっちをじっと見ている。 「で、って?」 「なんか言いたいことでもあるんじゃないの?そんな顔してるわよ。 いつも言ってるでしょ。言いたいことを言わないのは精神衛生上良くないのよ」 言いたいことねえ。あるにはあるんだが、なんと言えばいいやら。 「ああ、そうだな。とりあえず昨日の昼は悪かったな」 「昼?何のこと?」 ハルヒの頭の上に?マークが浮かんでいる。 「いや、だから昨日の昼につい……」 ちょっと待てよ。ひょっとすると、昨日の俺の昼間の出来事はないことになっているのか? そういえば古泉も昨日は閉鎖空間は発生してないようなこと言ってたし。 「あんた、あたしに何したのよ」 ハルヒはじとーっとした目でこちらを見ている。 「いや、お前にはわからないかもしれないな。まぁそれでもいいさ。謝らせてくれ」 「………」 「昨日は少し言い過ぎた。つまらないことで怒ってしまって悪かった」 そう言って軽く頭を下げる。 「………」 ハルヒは話は聞いているのだろうが、何も喋る様子はない。 というよりも、おそらくはこの状況がわかってないんだろうな。 俺は椅子から立ち上がり、ハルヒに近付き、ハルヒの正面に立つ。 「けど、お前にとっては確かにつまらないことかもしれないが俺にとっては大事なことだったんだ。 ……なんでかって言われると少し困るが、たぶん俺はお前のことが――」 「違うわ!」 ハルヒは声を荒げて俺の言葉を遮る。 ……違う?何がだ? 「どういう意味だ?何が違うってんだよ」 「何がって、言う相手が違うに決まってんでしょ。それはあたしに言うことじゃないわ」 は?どういう意味だ?ますます意味がわからん。 「お前は涼宮ハルヒだろ?じゃあ間違ってないじゃないか」 じゃあ他の誰に言うんだ?長門か?朝比奈さんか?それとも古泉か?いやいやそんなわけあるか。 「そうだけど、あたしはあんたの思ってる涼宮ハルヒじゃないのよ」 何を言ってるんだこいつは?ハルヒはハルヒだろ? 「何の話だ?お前はハルヒだけど違うハルヒだとでも言うのか?」 「そうよ。だってあんたはあたしの知っているのとは違うキョンなんでしょ?」 ――ッ!?何でだ?何でわかる? 「どうして知ってるんだ!?」 ハルヒは得意満面といった笑顔を浮かべる。 「あたしに知らないことなんかないのよ!」 嘘吐け。 いや、待てよ。俺がここにいるのがこいつの力によるものなら知っている可能性もあるのか。 「ていうか一目瞭然よ。このあたしがまさか自分の好きな男を間違えるわけないでしょ?」 ……今なんてった? 「ちょっと待ってくれ。てことはお前は『俺』、というかあいつとそういう仲なのか?」 「そういうってどういうよ。今はあいつからの告白待ちね。でもあいつヘタレなのよね」 おい、ひどい言われようだぞ、『俺』。 それにしてもやっぱり俺が知っている世界とは微妙に違うみたいだな。これは違うハルヒだ。 「だからあんたはさっきの話は元の世界に戻って、そこのあたしにしてやりなさい」 なんだって?元の世界?どういうことだ?俺に帰る場所があるのか? 「無駄に質問が多いわね。仕方ないから説明したげるわ。ここは簡単に言うとパラレルワールドってやつ? あんたから見ると異世界ってことになるのかしら。あたしからすればそっちが異世界だけど」 じゃあ、ハルヒの言ってることが確かなら俺は元の世界からこの世界に飛ばされて来たってことなのか? 飛ばされて来たっていうかこいつに引っ張ってこられたんじゃないか?いや、そうだろ。間違いない。 古泉、長門、お前らの推理は大外れみたいだぜ。やれやれ、ドキドキさせやがって。 とにかく、俺にはまだ元の居場所に帰れるってこてなのか?でも、それなら、 「なんで俺はここにいるんだ?」 「そんなの知らないわよ。あ、別にあたしの力であんたを連れてきたわけじゃないわよ」 このハルヒの仕業じゃないってのか?……じゃなくてそんなことより、 「お前……自分の力を知ってるのか?」 「まぁ薄々はね。正確には良くわからないわ。いちおうみんなには知らないふりで通してるけど」 確かに、古泉も長門もそんな話はしてなかったような気はするが。 二人ともハルヒには自覚がないってことを前提に話してたよな。確か。 これはまずいんじゃないのか?いや、でも特に危険なことは起こっていないみたいだし。 「別にあんたが心配することじゃないわよ」 まぁそりゃそうかもしれんが。 「他のみんなのことも知ってるのか?」 「みんなのこと?ちょっと普通じゃないっぽいなー、くらいにしか知らないわ」 「そっか、まぁそれでいいと思うぜ。ちなみに俺は至って普通な――」 「ま、そんなことはどうでもいいわ。帰りたいなら元の世界に戻ったら」 くそっ、またこいつは俺の話を……。それにそんな簡単に言われてもなぁ。 「それが出来りゃ苦労はしてない」 「そうなの?帰ろうと思えば帰れるはずよ。少しくらいなら手伝ってあげるわ」 何だって?そんなことまで出来るのか?出来るのならぜひとも頼みたいものだが。 「そんなこと出来るのか?そのためには俺はどうすりゃいい」 「どうって、帰りたいんでしょ?帰ればいいじゃない」 ダメだこいつ……。全く会話にならん。俺の話ちゃんと聞いてんのか?聞いてないんだろうなあ。 まぁ会話にならんのはいつものことか。 「あのなぁ。だから、どうすりゃ帰れるのかって話だよ」 「知らないわよそんなこと。帰りたいって思ってりゃ帰れるのよ」 こいつはまた無茶苦茶言ってるし。 「仕方ないからヒントをあげる。昔の人は言ったわ。Don t think,feel.よ」 いや、全くわからん。とりあえずこいつ適当なこと言ってるだろ。 てことは考えてもわからんってことか?わかりそうにはないが。なら勘で動いてみるか? それとも時間が経てば勝手に帰れるのか?だったらいいな。 「まぁいい。なんとかするさ。無事に帰れることを祈っててくれ」 とは言ってみたもののどうすればいいやら。 「ぶっちゃけ言うと返そうと思えば返せるのよね。具体的にどうするとは言えないけど」 こいつはまたとんでもないことを言い始めた。 なんだと。じゃあ今まででの会話は一体なんだったんだ? というか俺の扱いが物みたいになっている気がするんだが、気のせいか?気のせいだよな? 「このままでも面白いかなと思ったけど、本気で帰りたいみたいだから帰らせてあげるわ それに……向こうからも呼び出しがかかってるみたいだし」 ハルヒがそう言った瞬間、俺の後ろ、ドアの向こうから気配を感じる。 うわあ、本当に気配って感じるものなんだな。……なんて感心している場合じゃない。 これは、ハルヒか? 「ハルヒが……呼んでる?」 「そうね。向こうのあたし。っていうか向こうのあたしってホントに無意識で力使ってんのね」 変なところで感心しているハルヒを後ろに、俺は自分の世界の気配をはっきりと感じていた。 この世界ともお別れか。たった一日だが、かなり長い時間過ごした気がするぜ。 少しばかり名残惜しいな。 「色々と世話になったな。助けてくれてありがとよ」 「別にいいわ。たいしたことはしてないし。もうちょっとあんたで遊びたかったけどね」 あんたで、ね。やれやれ、勘弁してくれ。 その言葉とは裏腹に寂しそうな表情を浮かべるハルヒを見ていると、それも悪くないと思えるから不思議だ。 だが、かといってここにずっといるわけにはいかない。 「すまんな。気が向いたら『俺』にももう少し優しくしてやってくれよ」 「気が向いたらね。……あ!」 突然何かを閃いたのか、ハルヒが急に異常なほど嬉しそうな顔を見せる。 「どうした?」 「……ん、なんでもないわよ」 おいおい、そんな顔でなんでもないってことはないだろ。何を企んでんだか。 まぁおそらくは『俺』が何らかの苦労をするんだろうなあ。頑張れ、『俺』。異世界から応援してるぞ。 「じゃあそろそろ帰るわ。あ、そういえば一つ頼みがあるんだがいいか?」 「頼みによるわ」 「俺がお前に正体をばらしたことはできたら内緒にしておいてくれ。特に長門には」 「別にいいけど。なんでよ」 当然だが不思議そうな顔で聞いてくる。 「いや、ちょっと大見得きってきたからな。かなりカッコ悪いことになってしまうのさ」 今になって思い返してみるとかなり恥ずかしいこと言ってた気がする。いや、言ってたはずだ。 「わかったわ。けどどうせ何したってあんたはたいしてカッコ良くないわよ。」 「へいへい、わかってるよ」 ドアの前まで来て首をひねり背中越しにハルヒに顔を向ける。 「じゃあな。案外楽しかったぜ」 じゃあな。こっちの『俺』、古泉。もう会うことはないかもしれないが元気でな。 長門。お前の期待には答えてやれなかったな。すまない。俺にはまだ帰れるところがあるみたいなんだ。 朝比奈さん……は会ってないけどお元気で。 ハルヒからの返事も聞かず、ドアに手をかけ、一気に開ける。 するとドアの向こうにあるはずの廊下は見えず、全身が真っ白な光に包まれる。 何も見えん。 意識があるのかないのかもはっきりしないまま、後ろからハルヒの声が微かに聞こえた気がする。 「じゃあ、―――でね」 最後にハルヒが何と言ったのか、最後までは聞き取れなかった。 いや、聞こえてはいたのだが、意識が朦朧としていたせいか、はっきりと理解できなかった。 おそらくは別れの挨拶だろう。じゃあな、もう一人のハルヒ。 そして俺の意識はゆっくりと薄れていく。 ……ような気がしただけだった。 目の前には同じように白い景色が浮かんででいるが、これは……天井? 「ここは……どこだ?」 わけもわからないまま、口からはとりあえず口にすべきであろう言葉が溢れる。 「おや、お目覚めになりましたか」 ◇◇◇◇◇ 第六章へ
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/2359.html
今日はやたらと、蝉がうるさい。よくわからないけど、俺はそう思っていた。梅雨も終わったばかりだというのに、陽気は既に真夏。帰ってすぐにでも風呂に入りたいくらいだ。 高校生ってのは、思っていたよりも面倒な職業だ。最近になって、俺はそう思うようになってきた。 朝は毎日決まった時間に起きなくちゃならないし、帰りだって早くても三時過ぎだとか、ほとんどリーマンと変わらない生活じゃないか。ついでに言えば、SOS団に加入させられている俺は、日が暮れかかる時間に帰ることになるのは、ザラだ。 (酷い生活だ……) 朝には停めるところが無い駐輪場だが、この時間になると自転車の数も疎らになる。逆なら遅刻することも無いのに。世界ってのは理不尽に出来ているものだ。 夕闇に霞む街を見上げた。オレンジ色に染まる世界は、まるで違う世界にいるようだった。 (いるんだけどな……違う世界を作れる奴がな) これでまた二人だけの世界になってたら笑える。いや、決して笑える状況では無いのだが。 視線を駐輪場の出入口へと戻す。夕日が眩しくて、よく見えない。が、誰かがいるのはわかった。 顔は見えない。服装は制服で、俺が見慣れたものだということがわかる。そして俺は見慣れていた。そのシルエットを。 「……何でいるんだよ」 思わず溜息を吐いた。 どうやら相手も俺に気付いたらしく、もたれかかっていたフェンスから背中を離し、叫んだ。 「今日行きたいところがあるのよっ!!」 「だから何だよ……」 その言葉が何を意味するのかをわかっていたとしても、俺には訊き返す義務も権利もあると思うんだ。 なぁ、ハルヒよ。 涼宮ハルヒの放課 蝉よりやかましい奴に出会ってしまった。本気でそう思う。 「昨日夕日が超綺麗なスポットを発見したのっ!!」 「……で?」 「今日も見に行こうと思うのよっ!!」 「……ほう」 「もう沈み始めてるじゃないっ!?」 「……ああ」 「送ってっ!!」 「だが断る」 ハルヒの言葉を無視すると、自転車に跨る。そして、ペダルを踏み込む。 「……あん?」 動かない。いや、正確には動いてる。けれど、それは重たさと謎の奇音を伴う動きだった。後輪を見てみる。 「乗っけてかないと、後輪に傘を突っ込むわよ……」 「もうやってるじゃないかっ!!」 うわ、ビニール傘が見るも無残な姿になってる。というかほとんど真っ二つに近い。しかもビニール部分がチェーン付近まで絡まってやがる。 「お前は何がしたいんだっ!!」 「二本目行っとく?」 「……」 これは脅しというヤツでは無いだろうか? しかしそんなことを言ったら、ハルヒのことだから法律まで改ざんされてしまうかもしれない。 絡まったビニールを引っ張りながら、夕食までに帰れることを祈った。 「キョンっ! あの山よっ!!」 「って学校と真反対じゃないかよっ!!」 数分後、ハルヒが目指しているという場所が見えてきた。いや、頂は遠い訳なのだが。 この街は若干盆地上になっているので、学校も山の上だが街を突っ切った先も山なのだ。確かにこの山を登った先は学校よりも高いし、夕日もさぞ綺麗に見えることだろう。 しかし、タイムリミットはとても近い。 「畜生っ……しっかり摑まってろっ!!」 「わぷっ……ちょっと! 女の子を乗せてるんだからデリケートに扱いなさいよっ!!」 「無茶っ……ゆーなっ……!!」 口ではそう言うものの、ハルヒはしっかりと俺の腰に手を回してきた。もしや、これって結構レアなシーンじゃないのか? 曲がりながらも、整った顔立ちの少女を後ろに乗せ、街中を自転車で疾走する。 多分全国の中高生からすれば、かなり憧れるシチュエーションでは無いのだろうか?後悔はあるものの、少しばかり優越感もある。悪くない。 「ちょっと! スピード落ちてるわよっ!!」 「はいよっ……!!」 これでもうちょい可愛げがあればな、と思うよ。毎日のようにな。 日没まで、良いとこ10分も無いだろう。それを小さい街ながら端から端まで移動するというのは、かなり厳しい注文だと思うぞ。 「さあっ!! あの坂を登ったらもうゴールよっ!!」 「それって最後の難関って言うんじゃないのかっ!?」 さらりと悪魔のような発言をする。それが涼宮ハルヒ。 「……」 何で理解しちゃってるのであろうか。俺は。 さて、着いた。 頂上付近の路肩。木々が生い茂るその先を少し行った場所。 一段低くなっている場所は上からも下からも見えにくく、そして街が一望出来るような場所だった。正直かなり危険な場所だと思うのだが、よっぽどのことが無ければ大丈夫だろう、と思う。 にしても、綺麗な風景だ。吹き抜ける風も、汗ばんだ身体に癒しを与えてくれる。 そして、目の前にいるハルヒはワナワナと震えている。 「どーした……あまりの感動に、言葉も出ないのか?」 「そう見えるなら、アンタの目は節穴でしょーね……」 うん、そうだね。だって、今日のお日様は完全に帰っちゃったもんね。 つまり、日没終了。 「どーしてくれんのよっ!?」 「元々間に合いそうに無かったんだから、良いじゃねぇか……」 歩けば、間違い無く間に合わなかった。それを考えれば、仕方が無いことだと思う。 「アンタがもー少し気合を見せれば見れたでしょーがっ!!」 「ならもう少し俺を労われっ!!」 信じられるか? 俺が必死で坂を漕いでるっていうのに、こいつは降りようともしないんだぜ? 某ジブ●の ●をすませば だって、某バイオリン職人見習いの少年が「乗せて行きたいんだっ!」って言っても某小説家見習いの少女は「ううんっ! 一緒に行きたいのっ!!」って降りて一緒に自転車を押したんだ。台詞は若干違う気がするけどな。 そんなことより、そのくらいの可愛げがあっても、良いんじゃないかなって思う訳だよ。 「全く……どっかの無能のお陰で、無駄な時間を過ごしたわ」 話聞けよ。そして労われよ。 「んなこた知るか……俺は帰るぞ」 ハルヒを置いて林を抜け、路肩に停めてあった自転車に跨る。 何が無駄な時間だ。俺の方が無駄な時間を過ごした気分だっての。 「……お前、何やってんだ?」 「二本目」 それくらいは見てわかる。 「つーかどっから持ってきたんだ……」 「駐輪場の自転車にいっぱい挿してあったわよ?」 「……」 ゴメン。知らなかったんだ。でもわかってくれ。ハルヒの傍若無人の振る舞いをさ。 「……送ってやるから乗れ。そして傘は明日戻しとけ」 「めんどいからここに置いてくわ」 誰かこいつを止めろ。 行きに苦労した分、帰りは楽なものだった。漕ぐ必要も無く、ただ体重移動だけで下山出来るのだから。 「キョン! もっとスピード出しなさいよっ!!」 「出ねーよ……」 つーか危険過ぎる。二人乗りで坂を下るって行為からして。多分、朝比奈さん辺りなら即ゲームオーバーじゃないかと思う。 小学生や中学生には、あまり真似して欲しくない行為だな。 「ねぇ……ちょっと前に、この状況に似た曲って無かった?」 「あー……あったな。そーいや……」 何年か前の曲だった気がする。季節も同じで、確かに似たような感じだった。でも、イマイチ覚えてない。そもそろあまり好きな歌手でも無かったし、カラオケで誰かが歌ってるのを聴いたくらいだったような。 「どんな歌詞だったか?」 「えーと……確かねぇ……」 ゆっくりと、そして風に流れるようにハルヒは歌い出す。俺の後ろで。俺の耳元で。とても澄んだ声で。ずっとお前がそうだったら良いのにな、と思わせるような綺麗な声で。 俺は身を任せた。風と。季節と。蜩の声と。 そして、ハルヒの声に。 大きな五時半の夕焼け 子供の頃と同じように 海も空も雲も僕等でもさえも 染めていくから この長い長い下り坂を 君を自転車の後ろに乗せて ブレーキいっぱい握り締めて ゆっくりゆっくり下ってく 「……とっくに五時半過ぎてるし、夕焼け終わってるし……スロットルも全開だから全然似てなくねぇか?」 「う、うるさいわね……あたしが似てるってゆーんだから似てるのっ!!」 理不尽な奴め。 そうやって笑ってる俺がいて、また笑えてきた。 「ハルヒ」 「……何よ?」 「明日は見に行こうぜ……一緒に」 「……ばか」 明日こそ、曲の通りになると良い。そう思う。 大変だけどな。 おわり
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/664.html
━━━━最近、冷え込みが厳しくなって来たせいだろうか、起きぬけの布団の中の温もりが愛しくてしょうがない。 目覚めてからの数分間の至福の一時・・・ そして日曜日の朝の今、俺はこの愛しき温もりを存分に堪能するのだ。 忙しい平日の朝には叶わない、細やかな贅沢。 しかし、この至福の一時には日曜と言えども、僅ながら制限が課せられている。 ほら、その『制限』が廊下をパタパタと走りながらそろそろ来る頃だ・・・ 朝のアニメを目当てに、無駄に早起きな『制限』がっ! ・・・「キョン君~おきろぉ~っ!」━━━━━━ 【凉宮ハルヒの休日@コーヒーふたつ】 俺は、毛布の裾を強く握りしめ、来たるべき妹の猛攻に備えた。 (だいたい「一緒にマイメロ観ようよ~」とか言いながら布団をひっ剥がすか、布団越しに俺の上に乗って飛び跳ねるんだよな・・・) ここで持ち堪えれば、昼までぬくぬくと布団の中で過ごせる。 俺は体制を保ちながら、布団の中で息を潜めた。 部屋のドアが開く音が聞こえ、妹の近付く気配がする。 (寝てるふり、寝てるふり・・・) 「キョン君~っ!寝てるの~?凉宮さんから電話だよっ?」 えっ? 俺は「たった今、目が覚めた」様な素振りをして見せながら、電話のある台所へと向かった。 まったく・・・携帯に電話してくれれば良かったのにな。 台所じゃ話し辛いし、しかも寒いだろうが。 やれやれ・・・と思いながら受話器を耳に当てると「もしもし」とも言い終わらないうちに、ハルヒの怒声が俺の耳を貫いた。 「ちょっとっ!何時間待たせんのよっ!」 「待たせたのは悪かったが『何時間』は大袈裟だろ!だいたい、携帯にかけてくれれば・・・」 「携帯が通じないから家にかけたのよ! どうせ寝る前にウェブでもやりまくって、電池切れになったまま寝ちゃったんでしょうけどっ?」 「ぐっ・・・(そう言われると、そんな気がする・・・)」 「しかも、どうせ観てたのはエロサイトね?あ~嫌だ嫌だっ!」 「おいっ!それは違うっ!・・・馬鹿な事言ってないで、さっさと用件を言えよ!」 「大至急、ウチに来て!」 「はぁ?」 「緊急なのよっ!わかったわね?大至急よっ!遅かったら死刑だからねっ!」 そう言い終えると、ハルヒは電話機にトドメを刺す様な勢いで、電話を切った。 (一体、何だってんだ?) さっぱり訳が分からないまま、俺は出掛ける支度をする。 適当にクローゼットの中から洋服を探し出し、着替えようと目の前に並べたところで、ふと重要な事に気が付いた。 (ハルヒの家に行くって・・・当然、日曜日だから親父さんやお袋さんも居るんだろうな・・・) 俺は、用意した「普段通りの服装」を元の場所に戻して、滅多に着ないジャケットと地味目な色のパンツを取り出す。 まあ、第一印象が肝心だからな。 そして、早々と着替えてコートをはおると、自転車に飛び乗りハルヒの家へと急いだ。 天気の良い日曜日だというのに、ハルヒの家の周りは静かだった。 いや!天気が良いからこそ、みんな何処かに出掛けたんだろうな。 それに比べて俺ときたら、ハルヒに都合よく呼び出されて・・・ とりあえず俺は、ハルヒの家族に対する挨拶の言葉を必死に探しながら、彼女の家の玄関へと向かう。 少しばかりではあるが、手土産も用意した。 (まあ、いずれこんな日が来るだろうとは思っていたが・・・緊張するな・・・。) 少し躊躇いながらインターホンを押すと『はい』とハルヒの声がした。 「ああ、俺だ。」 『ちょっと待って?今出るから』 やがて玄関のドアがガチャリと開き、ハルヒが顔を見せた。 「あがって・・・って、あれ?何でお洒落して来たのよ!」 「い、いや・・・ほら、親父さんとかに挨拶・・・」 「・・・アハハッ、馬鹿ねぇ!アタシ以外誰も居ないわよ。あ・・・そうとも言いきれないんだけど。」 「なんだ?それ。」 「まあ、いいわ!とにかくあがって!」 ハルヒは俺の手を引き、玄関からリビングへと導き入れた。 そして、リビングに入るなり自分の鼻先に人指し指を立てて「シーっ」と言う仕草をしながら、ソファーのある方を指さした。 ソファーの上には大きめの籠が在って、その中には・・・ ・・・赤ん坊が眠ってるっ! 「ど、どうしたんだ?それ!」 「あ・・・馬鹿っ!静かにって言ってるでしょっ?起きちゃうじゃないのよ!」 「す、すまん・・・」 「ちょっと、こっちに来て!」 ハルヒはそう言うと、今度はリビングからキッチンへと俺を引っ張った。 一息ついてから、再びハルヒに訊いてみる。 「で、どうしたんだ?」 「うん・・・。今朝ね?隣の祥子姉ちゃんが来て、午後まで預かってくれないか?って。」 「ええっ?お前、赤ん坊の世話なんかやった事無いだろ?しかも、どう見てもアレは0歳児だぜ?」 「ちがうの!親父も母さんも留守だったんだけどね? そこのスーパーの朝市に行くって言ってたから、すぐに帰ってくると思ったのよ。 母さんさえ帰って来れば別に問題無いと思ったし、祥子姉ちゃんもそのつもりで預けて行ったんだと思うんだけど・・・」 「思うんだけど・・・どうした?」 「さっき、親父から電話があって『天気が良いから、このまま母さんとデートしてから帰る』だってさ。 コッチの話なんか聞かずに、言いたい事だけ言って電話を切っちゃうのよ?困ったもんだわね!」 なるほど!その親にして、この娘在り・・・と言うところだな。 「それで、俺に電話をしたと?」 「ふふん、そういう事。まあ、二人でやれば何とかなるでしょ!」 何とか・・・って。 やれやれ、とんだ日曜日になりそうだ。 しかし、赤ん坊の世話なんて何年ぶりだろう。 妹が生まれた時は・・・とにかく嬉しくて、母親に色々訊きながら子供ながらにも一生懸命世話をしたっけ。 はたして今、その内容を覚えているものだろうか。 俺は、かつての記憶をなんとか思いだそうとしてみる。 すると、ハルヒが突然声をあげた。 「あれ?ねぇ、キョン! 赤ちゃんの声が聞こえない?」 「ん・・・ああ、本当だ!おそらく、起きたな。」 (たしか・・・起きたらオムツを替えて、ミルクをあげるんだったよな。) 「おい、ハルヒ!オムツを用意してくれ! あと、お湯で濡らして絞ったタオルもな。」 「え?ああ、わかった。」 俺は、赤ん坊に近付くとハルヒからオムツを受取り、それまで赤ん坊が着けていたオムツを手早く外す。 タオルが冷えてない事を確かめると、赤ん坊の股をサッと拭き新しいオムツを履かせた。 「随分、手慣れてるのね・・・」 「ん?ああ。妹が生まれた頃によくやってたからな。 ところで、ミルクは?」 「一応、「作り方」見ながら作ったけど・・・」 ハルヒはそう言いながら、珍しく自信無さげに捕乳瓶を差し出した。 俺は、それを受取りながら温度を確かめる。 「もう少し冷ます様だな。捕乳瓶ごと振って、人肌の温度くらいまで冷ますんだ。なかなか冷えなかったら、水道の水で冷やしてくれ。 でも、冷やしすぎに注意するんだぞ?」 「う、うん!」 ハルヒに言い終えてから、俺は少しだけ自分自身に驚く。 我ながら意外と・・・記憶に残っているものだ・・・。 しばらくすると、ハルヒが捕乳瓶を持って戻って来た。 俺は、赤ん坊を抱きかかえながら、ミルクを飲ませる。 そして、飲ませ終ると赤ん坊を横に抱いた状態から静かに縦に抱き直し、赤ん坊の背中をトントンと指先で軽く叩いた。 その様子を、ハルヒが不思議そうに見ている。 「ねえ、キョン?何やってんの?」 「こうやって、ゲップをさせてやらないと吐いちゃうんだ。赤ん坊は自分でゲップが出来ないからな。」 「ふ~ん。」 ハルヒは、頷きながら何か考えている様な素振りをすると、急に納得した様な表情を見せた。 「ん?どうした?」 「うん。なんとなく、妹ちゃんがキョンにベッタリな理由が解る気がしただけ。」 また訳の解らん事を・・・と思いながら、俺は抱いている赤ん坊に幼い頃の妹の表情を思い出して重ねてみる。 (帰ったら、少しだけ妹のゲームの相手でもしてやるかな・・・) 気が付くと、赤ん坊は再び眠りについていた。 俺は、元の場所に赤ん坊を寝かせると、ハルヒと一緒にリビングから先程のキッチンへと場所を移した。 ハルヒはキッチンに立つと「まあ、適当に座ってよ。」と言いいながら、お茶の用意を始めた。 俺は、そんなハルヒの姿を見ながら「思った程、悪くない日曜日だな・・・」と思う。 しかし、そんな気持ちは次の瞬間に脆くも崩れ去った。 「ふぎゃ~ぁぁああっ!」 リビングから赤ん坊の泣く声がする! ひと息いれようとキッチンに来た俺達は、ものの数分でリビングへと呼び戻されてしまった。 (やれやれ、お茶くらい飲ませて欲しいぜ) 激しく泣いている赤ん坊を見ながら「何で泣いてるのかしら?まさか、もうお腹がすいたとか?」とハルヒが首を傾げる。 俺はオムツが濡れていない事を確かめると、「何かオモチャみたいなヤツは無いか?それかオシャブリとか・・・」とハルヒに訊いた。 ハルヒは「ちょっと待って?」と言いながら、赤ん坊の母親から預かったと思われるトートバックをガサガサと覗きこむ。 「おかしいわね・・・。オシャブリがあったと思うんだけど。」 「無いのか?」 「んー、見当たらないわ・・・」 まったく、ハルヒはいつもそうだ。 いつぞやの課題のノートも然り、とにかく無くし物が多い。 俺は少しイヤミを込めて「無ければ自前でなんとかしたらどうだ?」と言ってみる。 「あ、そうか。それは名案ね!」 (いっ?冗談のつもりだったのに・・・) 「ちょっと!キョンは向こう向いてんのよ? アンタを喜ばせる為に片乳出す訳じゃないんだからねっ!」 そう言うと、ハルヒはシャツのボタンを外し始めた。 「ほら!向こう向いてなさいよっ!エロキョン!」 エロキョン・・・とはあんまりだ。 俺は仕方無く壁と向き合い、耳のみでハルヒの様子を伺う事にした。 赤ん坊は・・・泣きやんだ様だ・・・。 「うふふっ・・・いゃだ、くすぐったいわね・・・」 なんとなく気になって、ハルヒにバレない様に少しづつ振り返る。 すると、昼下がりの柔らかい陽射しに包まれたハルヒと、ハルヒに抱かれながら乳房に顔を埋める赤ん坊が、まるで本物の親子の様に俺の視界に飛込んできた。 ハルヒが優しく、赤ん坊に微笑みかけている。 なんだか、胸の奥がじんわりと暖かくなる。 (もしも、俺とハルヒが結婚したら・・・こんな光景に、また巡り逢えるのだろうか・・・) 俺は、ぼんやりとそんな事を考えながら、こっそりと二人を見つめ続けた。 しばらくして赤ん坊も落ち着きを取り戻し、ハルヒも今更ながら「もう、こっち向いていいわよ!」と言うので、俺は元の姿勢に体を戻した。 気が付くと、時計の針は午後の1時を回っていた。 「そろそろ、祥子姉ちゃんが迎えに来るわね・・・」 ハルヒが寂しそうに呟く。 たしかに、こんなに大変だったにもかかわらず、いざ居なくなると寂しいものだな。 「携帯でさ、赤ん坊の写真でも撮るか?」 そんな気やすめを言ってみた瞬間、インターホンが「ピンポーン」と鳴った。 ハルヒは「ちょっと待ってて?」と俺に告げると、赤ん坊の眠る籠を静かに持ち上げながら、玄関へと向かった。 そして数分後、がっかりした顔でリビングへ戻って来た。 「あーあ、帰っちゃった。・・・つまんないの。」 「仕方が無いだろう?まあ、将来に向けて育児の予行演習が出来たと思えば、このうえないじゃないか!」 「予行演習・・・ねぇ。」 そう呟いた途端に、ハルヒは少し頬を赤らめながら『いい事思い付いたっ!』の時の顔をした。 「な、なんだ?」 「ふふっ、ねえキョン?育児の予行演習の後は、その前の段階の予行演習をやるって事でどう?」 「はあ?」 「もうっ!鈍感ねっ!親父も母さんも、夜まで帰って来ないのよ?」 ハルヒはそう言いながら俺の側に詰め寄り、肩に頬をすり寄せる。 (なんだ・・・そういうことか。) 俺はハルヒの顔を、覗き込むように見つめながら「ふん、さっきは人の事をエロキョン呼ばわりした癖に。」と意地悪っぽく囁く。 そして、ハルヒの唇が小さく「ゴメン」と動くのを確認して、少し長めのキスから始めた。 おわり
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/575.html
涼宮ハルヒの仮入部~ハンドボール部編~ 涼宮ハルヒの仮入部~アイドル研究部編~ 涼宮ハルヒの仮入部~グリークラブ編~ 涼宮ハルヒの仮入部~新体操部編~ 涼宮ハルヒの仮入部番外~かなり後の後日談~ 涼宮ハルヒの仮入部~コーラス部編~ 涼宮ハルヒの仮入部~バレーボール部編~ 涼宮ハルヒの仮入部~空手部編~ 涼宮ハルヒの仮入部番外~孤島症候群その後~ 涼宮ハルヒの仮入部~ソフトボール部編~ 涼宮ハルヒの仮入部~野球部編~ 涼宮ハルヒの仮入部~女子レスリング部編~ 涼宮ハルヒの仮入部~手芸部編~ 涼宮ハルヒの仮入部番外~帰宅部の連中~ 涼宮ハルヒの仮入部~将棋同好会編~ 涼宮ハルヒの仮入部~茶道部編~ 涼宮ハルヒの仮入部~テニス部編~ 涼宮ハルヒの仮入部~軽音楽部編~ 涼宮ハルヒの仮入部~美術部編~ 涼宮ハルヒの仮入部~吹奏楽部編~ 涼宮ハルヒの仮入部~剣道部編~ 涼宮ハルヒの仮入部~水泳部編~ 涼宮ハルヒの仮入部~文芸部編~ 涼宮ハルヒの仮入部おまけ
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/509.html
涼宮ハルヒの異変 上 涼宮ハルヒの異変 下
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/3433.html
「やはりこちらに来ていましたか」 そう言って部室に現れたのは古泉だった。 ただし、見慣れた服装じゃなく、 立てた襟が二十センチほどある真っ黒のマントをつけていた。 もちろん裏地は血のように真っ赤である。 いつものにやけた口から牙のようなものが見える。 「その姿からしてお前の付加属性は吸血鬼なんだな」 「やはりそうですか、ほんとに困ったものです」 全然困ってる表情に見えないんだが、それはまあいい。 古泉、間違っても朝比奈さんや長門に噛み付いたりするんじゃないぞ。 いや、他の誰でもそんな犯罪じみたこと許可できん。 「その点はご安心ください、確かに喉の渇きは感じていますが、 生血を求めるような衝動には至っていません、 そのかわり、求めてるのはトマトジュースの方なんですよ」 そう言って古泉は鞄からトマトジュースの缶を取り出した。 「先ほど機関の方に連絡して届けてもらいました、 自分で買いにいければよかったのですが、 どうも太陽の光を直接浴びれない体質になってしまったようでして…」 それはそれは…困ったことだな、 て、ことはニンニクや十字架も苦手なのか? 「試す気は起きませんが、おそらくそうでしょう、それに、 この現象は涼宮さんの思考や、思想を元に改変されていると思われます。 誰かが傷ついたりするような事を、彼女は望んでいないでしょうからね。 それにしても、ただ吸血鬼の弱点ばかり付加された感じがして、 どうにもやり切れません。 あと、鏡にも映らないのが地味に辛い状況ですね…」 さすがの古泉もいつもの覇気がなくなっていた。 それにしても、長門も古泉も二人してダウナーな気を発しているせいか、 部室がなんだかお通夜みたいになってるぞ。 俺まで釣られて暗くなりそうだ。 さて、この情況を看破するには、 マイエンジェル、朝比奈さんの登場を待たねばならないんだが、 昼休みにココに来るかどうか解らんし、 今頃、鶴屋さんと昼食中なのかもしれんしな。 さてと、俺も弁当を食べながら今後のことを考えるか。 さっき長門に訊いたことによると、ハルヒは現在、睡眠状態らしい。 そして夢を見ているそうだ。 その夢の世界が何故か現実世界に影響を及ぼしているって寸法だ。 って、ことはハルヒが目を覚ましさえすれば、元に戻るはず。 そこまでは解っているのだが、いかんせん、そこまでだった。 長門にも古泉にも肝心のハルヒの居場所は感知できなかったそうだ。 あと、改変されているのはこの学校の人間だけで、他の人々は元のままだ。 ま、ハルヒがこの学校の夢を見ているってことだろうな。 なんてはた迷惑な夢だ、起きてる時はもとより、 寝てる時でさえ、おとなしくしてられんのかあいつは。 たのむぜ、ハルヒ。 そりゃ、夢くらい自由に見てもいいんだが、俺たちを巻き込むなよ。 昼食を食べ終え、長門ですら居場所を特定できないハルヒを探すには、 どうすればいいか、てなことを考えてた時である。 突然、ガッシャーンと窓ガラスを割って何かが部室に飛び込んできた。 と、同時に長門が俺の前に高速移動、そして高速呪文。 その物体が俺にぶつかる直前で透明な壁に当たったように左にそれた。サンキュー長門。 しかし、たしか俺の左側に誰かいたはずなんだが、 「うわ」「きゃ」 古泉の声がしたのは解る、さっきまでそこにいたからな、おーい生きてるか? で、『きゃ』ってのはだれだ? 「だ、だだだ大丈夫ですか」 と言って古泉の上にシリモチをついているのは誰であろう、 この部室の萌えキャラ兼、俺の目の保養のメイドさま、朝比奈みくるさんだった。 「ご、ごめんなさい、まだこの体に慣れてなくて、 私とんでもないことを……、お怪我はありませんか?」 俺は大丈夫だが、と言って朝比奈さんの下敷きになっている吸血鬼もどきを指差した。 とはいえ、古泉のことは正直どうでもよかった。 それより俺は朝比奈さんの姿に目が点になっていた。 今回の改変世界は共通して頭部はほとんど普通なのである、 朝比奈さんも例外なく、いつものかわいらしい表情なのはいいのだが。 ついでに言うとプロポーションもさほど変わっていない、 では何が変わっているのかというと、はっきり言おう、材質だ。 あのやわらかそうでぽわぽわした感じだった朝比奈さんの首から下の部分が、 無機質な金属製で構成されていたのだ。 しかもなにやらヒーローロボット風でかっこいいのだ。 つづく
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/3189.html
「ちょっと……どういうことよ、記憶を消去するって!」 「言葉の通り。あなたの能力は自覚するにはあなたの精神への負担が大きすぎる。 故に、このことを忘れ自覚してない状態に戻すのが適切と判断した。」 「でも……でもそれじゃあ、今までと変わらないじゃないの!」 確かにな。ハルヒの能力が消えるわけじゃない。 ハルヒ自身が忘れるだけで、神懸り的な能力も閉鎖空間もそのままだ。 だが…… 「いいんじゃないのか?それで。」 自然に口から出た言葉。これは俺の本心だ。 「これは俺自身の勝手な考えだがな、ハルヒ。俺はお前に振り回される日々、嫌いじゃないんだぜ? 能力的な面でも、そうでない部分でもだ。 お前、自分の役職言ってみろよ。」 「……SOS団の、団長……」 「だろ?お前普段から言ってるじゃないか。団長について来い、ってさ。 お前は自分の周りのヤツらを振り回すぐらいで丁度いいのさ。」 「でも、迷惑だとは思わないの!?」 「正直、時々は思うさ。でもな、今のお前みたいな姿を見るよりは、迷惑かけられる方が100倍いい。 お前には、いつでも笑っててほしい。さっきみたいな笑みじゃないぞ、心から笑ってるいつもの笑顔だ。 これが俺の気持ちだ。……みんなは、どう思う?」 俺は朝比奈さん、長門、古泉に問い掛けた。 さっきのは完全に俺の本心であるから、他の三人がどうかはわからない。 もしかしたらこのまま自覚したままの方が都合がいいかもしれない。 だが…… 「わたしも、キョン君と同じ気持ちです。」 「……わたしも。」 「僕もです。涼宮さん、あなたが笑っていてくれることが、僕らにとっては1番重要なことなのですよ。」 ほらな。みんな同じなんだ。 そりゃ最初はいろんな組織の思惑があってSOS団に居たのかもしれないさ。 だが今は違う。ハルヒの笑ってる顔が好きだから、俺達はここにいるのさ。 「じゃあ長門、やってくれ。」 「わかった。」 長門がまた例の高速呪文を唱えた。するとハルヒは瞳を閉じて、その場に倒れこんだ。 「ハルヒ!」 「心配ない。今は寝ているだけ。起きた時は能力に関する記憶は全て消えている。 涼宮ハルヒが能力を自覚した上で願ったことも全て無かったことになる。 だから朝比奈みくるの未来も、大丈夫。」 「そ、そうですか、良かったぁ……」 朝比奈さんはへたへたと座りこんで安堵の笑顔を見せた。あなたもその笑顔が1番似合っていますよ。 しかし…… 「俺は時々、コイツの能力をうらやましいと思ったことがあったが…… 考えてみりゃ、残酷な能力だよな。」 もし俺がハルヒと同じ能力を無自覚で持っていて、ある日突然自覚せざるを得なくなったら…… 俺だって正気を保てる自信が無い。 「その通りです。考えてみてください。夏休みがいつまでも続いてほしい…… こんなこと、誰だって考えることです。悪いことではありません。 ですが、それを叶える能力を持ってしまったが故に、時間のループという現象を生み出してしまうのです。 しかも本人は無自覚のままで。こんなに残酷な能力はありませんよ。」 古泉が俺の意見に同調した。 実際、ハルヒの能力に1番振りまわされているのは古泉と言える。 ハルヒのご機嫌を取ったり、閉鎖空間に駆り出されたりな。 「なあ古泉、ハルヒを恨んだことはあるか。」 「……無い、と言ったらウソになりますね。 能力に目覚めたての時は、憎かったですよ。なんで僕が、ってね。 ですが今は違いますよ。彼女もまた、能力の被害者の一人だと認識していますし…… なにより、彼女に振りまわされる日々も気に入っていますから。あなたと同じように、ね。」 古泉が俺に対してウィンクをした。だからやめろって、気持ち悪い。 「涼宮ハルヒは能力という爆弾を抱えている、非常に脆い存在。」 長門が口を開いた。脆い、か……そうかもな。また今回みたいなことが起きないとは言いきれない。 「だから、彼女を支える。それが、私達の役目。」 ……そうだな。長門の言う通りだ。 爆弾を持っているんなら、俺達が爆発しないように見守っていてやればいいのさ。 とりあえず、俺はハルヒが目を覚ましたらこう言ってやろうと思ってる。 「お前は、笑顔が1番似合ってるぞ。」ってな。 終わり